りんごの情事
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気付いたら、部屋は暗くなっていた。
というよりも目が覚めたら、部屋は真っ暗になっており、明吉は状況を把握出来ずにいた。
暗さに目が慣れてきたところで、豪音と共に窓の外が明るく光り、明吉の視界ははっきりした。それと同時に混濁した意識も一気にはっきりした。
「やっと起きた」
明吉のすぐ目の前至近距離には、穏やかな表情の來未の顔があった。
「わわ、來未!」
どうやら明吉はあのまま眠ってしまったらしい。至近距離に來未がいることに明吉は心臓が飛び出てしまいそうなほどに高鳴る。変な汗がにじみ出る。
「このホテルが、満室な理由、分かりましたよ。」
來未はニコニコしながら横になったまま言った。
再び窓の外が豪音と共に明るく光り、來未の顔がはっきり見えた。
明吉は跳ね起きて、窓の方を観た。
窓の外は夜空が広がっていた。次の瞬間、大きな音とともに大輪の花が広がる。
「花火…。」
明吉は寝起きの頭で呆然としながら窓の外に広がる大輪の花を見つめていた。
「今日、花火大会の日だったんです。大崎は、結局多々良さんと花火を観に行ったんですかね。」
「さぁなぁ…。」
明吉は次々と打ち上がる花火を見つめる。今年の夏、初めて見る花火だ。もう夏休みも終わりに近付いている中で、ようやく見ることが出来た、今年の打ち上げ花火。
「ちょうど良い時に来たな!花火見れて良かった。」
明吉が振り返って、來未を見た。すると來未はいつの間にか上体を起こしていて、足を延ばして黙って花火を見つめていた。無表情のその瞳からは、涙が幾筋も伝って零れ落ちていた。
「私が好きで好きで仕方なかったあの人は、私のきれいな思い出の中で美化された最高の恋人でした。現実は違いました。そのことに気付けただけでも良かったです。」
濡れた頬に、花火の赤や黄色、緑の光が反射している。
明吉は黙って來未の隣に座り、そして、花火を見ながら來未を抱きしめた。案の定來未は明吉の胸を借りて声を出してわんわん泣いた。
來未は泣きながら何かを喚いているのだが、明吉には何を言っているのか上手く聞き取れなかった。ただただ相槌を返すだけだった。
ベルベットのような漆黒の髪を撫でながら、明吉は來未の小悪魔性に惑わされるが、來未を近くに感じることが出来るので、ありがたく受け入れようと思うのであった。何よりも、來未が前に進んでくれるなら、それで良いのだが。
徐々に來未も落ち着いてきて聞き取れる言葉を発するようになってきた。
「明吉さん、一緒にいてくれて、ありがとう、ございます。」
「こちらこそ。」
「私の周りは、みんな、良い人ばかりです。」
「…まぁ、そうだな。」
明吉にとっても、りんご荘の人達は皆気の良い素敵な人たちだ。だが、まだ自分は來未のスペシャルになれないのであろうか。
「明吉さん、…明吉さん、」
「何?」
來未はおそるおそる、明吉の腰に手をまわす。優しい力でゆっくりと明吉を抱きしめ、そして、明吉の胸に更に顔を埋める。まるで小さな子供が熊のぬいぐるみを抱きしめるかのように、愛おしそうにハグをする。
本当に良く分からない子だな、と明吉は思いながら、明吉もまた強く來未の体を抱きしめた。好きな人のぬくもりほど心地よいものはないだろう。
窓の外に上がる大輪の花々は、まるで二人のことをのぞき見しているようにも見えた。