りんごの情事
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「本当にソファで大丈夫ですか?」
ベッドで上半身を起こしながら、ソファに横たわる明吉の方に向かって來未が話しかける。
「大丈夫だって。男は女の子より頑丈なんだぜ。気にするな。それに、ホテルの予約を失敗したのも俺なんだし。情けねぇけど。あ、電気消して大丈夫だぞ。」
「あ、はい。消しますね。おやすみなさい。」
「おやすみ」
來未は電気を消そうと手を伸ばしたが、明吉が話しかけてきたので手を引っ込め、耳を傾けた。
「なぁ、明日、俺も一緒に行っていい?探偵みたく來未からはちょっと離れたところにいるから。」
「なんですか、それ。」
來未は思わず吹き出し笑いをした。明吉の言い回しがなんだか子供っぽくて、可笑しかった。
「いや、やっぱり気になるじゃん。大崎ってやつがどんなやつか、俺も知ってみたいなって。こんなに來未を虜にしてしまうんだから。」
「ちょっと嫌ですけど、探偵みたいに気配を消してくれるなら良いですよ」
「よし分かった!じゃぁ、俺は明日、探偵みたいに空気になるからな。來未達に気付かれないように空気になる。」
「ふふふ。じゃ、電気消しますよ。」
「おう。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
來未は電気を消して、ベッドにもぐりこみ、眠りに着こうとした。しかし、明日のことを考えると、少々憂鬱な気分がしてなかなか眠れない。
暗闇の中から明吉が話しかけてきた。
「なぁ、大崎ってやつのどこが好きなんだ?」
來未は少し考えてから話しだした。
「なんだか、格好良く見えたんです。初めて付き合った人だから。だから、ちょっと一緒にいるだけでも凄く嬉しかったし、学校ですれ違っただけでも凄くドキドキしました。部活途中にちょっと目があっただけでも幸せでした。」
「そうか。」
暗闇は再び沈黙する。來未はこの福井の地で経験した大崎との思い出を思い出していた。高校に入学し、初めて会った日のこと。初めて話した時のこと。席替えで席が隣通しになったこと。何気ない休み時間のこと。部活で頑張っている姿。花火大会に行った時のこと。放課後二人で帰った時のこと。手を繋いだこと。キスをしたこと。デートした時のこと。あの子と一緒にいるのを観てしまったこと。喧嘩をしてしまったこと。悲しかったこと。ずっとずっと悲しかったこと。
まるで走馬灯のように次々と思い出される。そして、どこかで消滅していくようだ。これはきっと想像のための破壊なのだ。來未がまた新たな一歩を踏み出すための『儀式』なのだ。
消えていく思い出達とともに、來未の意識も暗闇へ飲み込まれていく。暗闇の先の眠りの世界へ、ゆっくりとゆっくりと落ちていく。