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りんごの情事

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第10話



 10時間の電車の旅を経て、二人は福井の地へ降り立った。ずっと座り続けていたので、二人は電車を降りるなり、銘々に伸びをした。久々の福井駅に來未は懐かしい思いがした。來未が住んでいた家は市街地から30分ほど歩いたところにあった。あれからあの家はどうなったのだろう。一人でいることが多かったあの一軒家は。
 到着したころには、既にもう陽が西に傾いていた。
「いやぁ、疲れたな。尻が痛い。」
「そうですね。疲れました。」
 二人は、明吉が予約したというビジネスホテルへ向かった。
 フロントで鍵を受け取り、部屋に入った二人だったが、目の前の光景に驚いた。
「ベッド、ダブルですか…?」
 明吉と二人っきりで福井へ行くということを、仁田村に話したら、仁田村から「自分の身は自分で守る」ことを口酸っぱく言われていた。どういうわけか同じ部屋に寝泊まりするということも仁田村は知っていたので、明吉を絶対に自分のベッドに入れちゃいけないということも強く言われていた。理由は良く分からなかったが。
「あれ、ツインじゃねーの…?」
 しかし來未は仕方ないかと思い、先に進んで荷物を置く。体がぐったり疲れて、ベッドの上に横たわりたかった。ベッドに腰掛けて、横になりたい誘惑と戦う。
「來未ちゃん、随分と落ち着いてますね…」
「え、そうですか?もう疲れちゃって。」
「フロントに部屋変えられないか電話してみるよ。」
 荷物も置かずに、明吉はフロントに電話をかける。随分としっかりしている、と來未は思った。
 落ち着いた様子で電話をする明吉だったが、次第に声のトーンが落ちてくる。表情も段々不安げになっていく。そして、電話を切ると、明吉はため息をついて來未に言った。
「ごめん。なんだか今日は部屋が満室で、部屋を変えるのは無理らしい。まじでゴメン。布団は貸してくれるっていうから、俺はそこのソファで寝るよ。」
「え、そんな、明吉さん、疲れちゃいますよ。甲子園の疲れだってまだそんなに抜けてないでしょうし、私がソファで寝ますよ。」
「いや、大丈夫。自分がベッドで寝て、來未をソファで寝かせるなんてしたら、きっとニタから物凄い怒られると思う。」
 明吉は來未に聞こえないように、「もうすでにこの旅の件で怒られてるんだけどな」と呟いた。
「そんな。あ、じゃぁ、仁田村さんに怒られちゃいますけど、もうこの際一緒にベッドで寝ましょうよ。」
「それこそニタに殺される!大丈夫だよ、來未。今回は來未の旅なんだ。俺はただの付添いってだけだし。あぁ、俺、ちょっとトイレに行って来る。大分我慢してた。」
 明吉は荷物を置いてから、トイレへと駆け込んだ。
 來未はふと緊張の糸が解けて、ごろんとベッドの上に仰向けに横たわった。意識を宙に浮かせて、なぜホテルが満室になっているのか考える。そういえば、明日は、花火大会がある。だから、旅行者が多いのだろうか。
 8月の真ん中に行われるこの花火大会。昨年は大崎と二人っきりで行った。夏休みに入ってすぐの小さな花火大会で良い感じになった二人は、まだ付き合っているというわけではなかったが、二人でこの花火大会に行った。時々手を繋いだりして、とてもドキドキした記憶がある。
 あんな淡い思い出から1年が経ったのか。
 しかし、大崎もそんなイベントの日だというのに、会ってくれる時間があるらしい。あの子と一緒にお祭りを回らないのだろうか。もしくは花火だけ見るのだろうか。昨年は、花火だけでなく昼間からお祭りも一緒に回ったというのに。
 明日、來未は大崎とケリを付けたら、明吉と一緒にお祭りを楽しもう、と思った。本当は地元の友達に会いたかったが、明吉を一人にするのも可哀想だ。せっかくなので地元の案内でもしてあげよう。友達に会うのはまた別の機会だ。
「ふう。」
 明吉が、ため息とともにトイレから出てきたが、來未は気付かずに横になったままぼんやりしている。
 明吉は横たわる來未の隣に座った。明吉がベッドに腰掛けるとともにベッドのスプリングが小さく弾み、ふわりと來未に振動が来た。はっとして來未は意識を取り戻す。
「あ、すみません。横になってました。」
 來未は慌てて体を起こす。髪も乱れてしまったような気がして、手櫛で髪を整える。
「疲れてるんだから、横になってても良かったのに。明日、何時なんだ?」
「明日は、11時です。」
「そうか。」
 明吉は立ち上がり、テレビを付けた。ちょうど夕方のローカル情報番組をやっている。來未にとって久々に見知った顔が映っていてなんとも懐かしい気分になった。
「夕飯、どうする?」
「明吉さんは何食べたいですか?」
「うーん、なんでもいいな。腹へってるから、食えればなんでも。」
「そうですか。じゃぁ、オムライスでもいいですか?」
「お、地元の人お勧めのお店?行こう行こう。」
 來未が勧めるオムライス専門店は歩いて15分ほどの距離があった。ここは福井にいたころ休みの日によく友達と食べにいったお店だ。もちろん、大崎とのデートにも使ったお店だ。割と安価な値段で、ふわふわのおいしいオムライスが食べられるので、來未が大好きなお店だった。
 鞄を軽くしてから、二人はホテルを出て、來未のお気入りのオムライス専門店へ向かった。見知った街だが、黄昏に包まれ、夏の香りを漂わせるこの故郷はなんだか違う場所に思えた。


作品名:りんごの情事 作家名:藍澤 昴