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りんごの情事

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 6月中は梅雨のため、來未は榎本明吉に1回しか会っていない。梅雨が明けても、今度は地区大会予選が始まったので、明吉側が河川敷に姿を現さなくなった。
 別に寂しいとは來未は思わなかった。そもそも明吉はりんご荘の住人でなければ、同じ高校に通ってるわけでもない。りんご荘に住んでる政宗の弟に過ぎないのだから。
 しかしながら、加藤風子から地区大会予選の話を聞いてると、ふと明吉のことを思い出した。明吉は、明吉のいる秀麗学園の調子はどうなのだろうか、と。だが、これは聞かずとも、打倒榎本明吉を宣言する加藤風子が勝手に話してくれるので、秀麗学園のことはリアルタイムで間接的に知ることが出来ていた。
 明吉から連絡があったのは秀麗学園が甲子園出場へとコマを進めた時のことだった。そのとき來未は学校の図書館で勉強をしていた。
『勝った!甲子園に行ける!』
 來未は色々考えたが、ただ一言『おめでとうございます!』としか返事を返せなかった。だが、その報告を受け取ることが出来てとても嬉しかった。相変わらず課題制作中の仁田村にもメールを送って明吉の勝利を共に喜んだ。
 しばらくすると仁田村はバイトに行くということで、メールのやり取りは終了することになった。
 だが、すぐにメールがやってきた。
 仁田村かな、と思ってメール画面を開いてみると、それは仁田村ではなく、代わりに来たメールは大崎信吾からだった。來未は一瞬心臓がドクンと音を立てて強くなるのを感じた。最近は上手く忘れつつあったのに、一体何故。
 大崎からのメールは正式な破局の申し出であった。來未は何を今更と思ったが、これはこれでなんとなく胸が苦しかった。來未の中では終わったことであり忘れるべきことにしていたが、それでもなんだか悲しかった。あの娘と本格的に付き合うことにしたのだろうか。そういえばこの時期地元では夏祭りも行われる。小規模ながら行われる花火大会はデートにちょうど良い。昨年の花火大会は男女グループで花火大会を観に行った。その中に、大崎信吾もいて、なんとなく來未と良い雰囲気になっていたことを思い出す。花火大会後、大崎は來未のことを家まで送り届けてくれた。二人っきりになったその道中、ちょっとだけ手を繋いだ。手を繋ぐだけだったが、大変緊張した。その時の大崎の大きな手とぬくもりを、來未は今でも思い出す。
 しかし、大崎はそんな花火大会の思い出を上書き保存してしまおうとしているのか。
 人生とは無情なものだな、と齢十七にして來未は思うのだった。

『おめでとう。新しい彼女と仲良くね。近いうちに花火大会もあるし、ふたりの良い思い出が作れそうだね』

 確定事項ではないにせよ、渾身の皮肉を詰め込んだメールを返し、來未は携帯電話をポケットの中にしまった。後で『そんなんじゃねぇよ!』というメールが返って来たが、來未は構わず無視した。

 その日、帰宅してからと言うものの、來未は何のやる気も湧かなかった。
 夕飯を作る気にもならないし、そもそも食べたいとも思わなかった。部屋の中は暑いけど、クーラーも付けたくない。テレビからは楽しげな歓声が響いているが、全然頭に入って来ない。救急車のサイレンの音が近くもなければ遠くもない場所で聞こえ、ムサシが反応して遠吠えを上げている。
 何回か携帯が振動しているが、確認する気も起きない。
 來未はベッドに横たわり、意識をひたすら宙に漂わせていた。
 

***************


 携帯の振動が鳴りやまない。どうやら、メールではなく電話が来ているのかもしれない。
 が、出る気力がない。
 來未は気が済むまでぐうたらして、そのまま電気も消さずに眠りに着いた。

 そして何時間がたっただろうか。來未は鳴りやまない携帯のバイブで目を覚ました。煩わしいと思い、携帯を手に取り、電源を切ってしまおうと画面を開いた。すると、この執拗な着信相手は、榎本明吉であるということが分かった。來未は一体何なんだろうと気にはなったが、無視して電源を切ってしまおうと思った。が、誤って通話ボタンを押してしまった。
「もしもし、來未?やっと繋がった。」
 來未はため息をついた。なんというか、今は人とおしゃべりしたい気分ではないのだ。受話器の向こう側で、反応のない來未を不思議に思い、声をかけ続ける明吉。
「もしもーし來未―」
「明吉さんすいません、ちょっと今、立て込んでるんです。また、明日でもいいですか?」
 きっと明日になればこの不思議な感情も落ち着いているはずだ。だから、ごめんなさい。
「う、うん。分かった。じゃ、明日な。」
 通話を終えると來未は、携帯電話をベッドの外に放り出し、電気を消してから、本格的に眠りついた。

作品名:りんごの情事 作家名:藍澤 昴