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りんごの情事

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「はい。毎週日曜日の夕方はムサシを散歩に連れて行ってるんです。途中の河川敷でランニング途中の明吉さんにも会うんですよ。」
 と、來未が答えると、政宗は一瞬意外そうな顔をした。が、すぐに納得がいったように微笑みを浮かべて「明吉ってば、本当に、あいつはもう・・・。」と呟いた。その呟きは來未の耳には届かず、來未は「え?」と聞き返したが、政宗は「なんでもないよ。ただの独り言」と誤魔化した。
「でも、もうちょっとで梅雨の時期じゃん。ムサシ、雨嫌いだから、そうなると梅雨の時期は散歩に行けなくなるね。」
「ムサシ、雨が苦手なんですか。犬なのに。」
「まぁ、犬にも個性はあるからね。お風呂は好きだから、濡れるのが嫌ってわけではないんだけどね。」
「へぇ。」
「じゃ、次のバイトがあるから、そろそろ行くね。じゃ。」
 政宗は笑顔で「バイバイ」というように手を振って、自室へ戻っていく。
 來未もムサシを昔野の家に戻して、自分の部屋に入った。テレビをつけると夕方の情報番組が放送されていて、ちょうどこれから天気予報が始まるところだった。週間天気予報によると来週の日曜日は雨らしい。梅雨が迫りつつあるらしい。
 そうして6月になると、すぐに梅雨入りが宣言された。梅雨入りの時期は福井よりも少し早いかもしれない。蒸し蒸ししてじめじめして、不快な日が続く。
 また、政宗が言っていた通り、ムサシは雨が嫌いだった。雨の日は、その強さに関わらず、ムサシは屋根の下から一歩たりとも外に出ようとしなかった。リードを強めに引っ張っても、ムサシはまるで岩の様に動かなかった。
 お菓子を作っていたが、雨の中では明吉もランニングはしていないだろうと來未は思い、あめのひの明吉の分は労働に勤しむ兄の政宗に渡すことにした。
 6月末には中間試験もあるということで今イチパッとしない月だ。
 連日降り続く雨空と同様に暗く鬱々とした心持になる。
 せめて雨で気持を浄化させてほしいと思うが、浄化するほど強い雨は降ることなく、ただ無駄に長く振り続けるので、來未の中のもやもやは生き永らえた。


作品名:りんごの情事 作家名:藍澤 昴