りんごの情事
きっと忘れることが出来るだろう、と來未は自分に言い聞かせた。
「なんとかなります。」
來未は自分の未来を信じなければならない。だから、前を向いて進み続けなければ。
そう信じ込むように、來未は明吉に向かってにっこりとほほ笑んだ。
明吉も明るく笑って、「そうか、なら、頑張れよ。」と言った。
「じゃぁ、俺、そろそろ行くよ。クッキーありがとうな。また来週も会えたらいいな。」
「あ、来週は体育祭なんです。でも、再来週は何もないので、またお菓子作ってここに来ます。ムサシと一緒に。」
「あぁ、じゃ、再来週。」
そう言って、明吉は走って行った。ムサシもそのあとに着いていこうとしたが、來未がついていかないことを感じ取って、すぐに來未のもとに戻ってきた。
來未は、ムサシににっこりとほほ笑みかけ、そして少しだけ嬉しそうな足取りで河川敷を歩き出した。
沈む夕日の先には明日が待っている。
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來未がりんご荘に戻ってきたら、ちょうど政宗もバイトが終わって、りんご荘に戻って来たところだった。さっそく政宗を捕まえて、明吉の弱点探しを行う。
「え、明吉の弱点?來未ちゃん、知らないの?」
來未に尋ねられ、にやにやと笑みを浮かべる政宗。
「明吉は、好きな女の子には弱いぜ。今も、いるらしいけど、でれでれだな。」
明吉も、普通の人らしい部分があったのか、と來未は思った。普通の男の子のように、やはり、好きになった女の子には弱いのだ。相手はいったいどんな人なのだろう。同じ高校の女の子だろうか。
「あいつのことならなんでも答えるけど、まだなんか質問ある?スリーサイズも知ってるけど。」
「いえ、それは大丈夫です。ありがとうございます。」
「あ、そう。じゃ、これからまたすぐ次のバイトがあるから、ここで失礼させていただくよ。もし明吉のことで知りたいことがあったら、いつでも兄である俺に聞いてくれて構わない。じゃ。」
と言って、政宗は自分の部屋に入って行った。
來未も、ムサシを昔野の家に戻して、自分の部屋に戻った。
政宗と明吉は性格も見た目も全く異なり、しかも離れて暮らしているが、どうやら兄弟仲はよさそうだ。若干政宗が明吉を溺愛しているような傾向もあるが、明吉は政宗のことを兄として慕っている。
來未は放任主義の両親から溺愛されていると感じるが、正直なところ、來未にはその愛は重すぎるので、会いたくなかった。
翌日、加藤風子に明吉の弱点は自分の兄と好きな女の子だと話したら、加藤風子は大笑いしながら
「そんな弱点じゃなくて野球に関する弱点だよ。苦手なコースとか、苦手な打者とか。私が榎本明吉のお兄さんや好きな子のことを分析してどうするの。」
と言った。
まぁその通りだな、と來未は思い、なんだかおかしくなって風子と一緒に笑い合った。