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りんごの情事

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第4話



 メールは返ってくるけど、電話はつながらない。
 どうやら部活で忙しいらしい。
 
 來未が福井に残した気がかり。それは大崎信吾の存在だ。
 『大崎信吾』とは、來未の恋人だ。同じ学年で同じクラス。サッカー部に所属し、MFとして活躍している。気さくで人懐こくて、人気者。來未以外にも、彼に思いを寄せる女子生徒は多かったが、大崎は見事に來未を見初めた。
 しかしながら、学年の人気者は、終業式の少し前、隣のクラスの女の子との浮気疑惑を露見してしまったとかなんとかで、來未と喧嘩してしまっていた。それでも、終業式の前日、二人で話し合いをしてどうにかこうにか仲直りを果たした。初めての喧嘩だったせいか、二人の間には少しぎくしゃくした雰囲気が流れたが、時間がどうにかしてくれるとお互い思っていた。
 少し不安を覚えていたが、終業式後、友人達とカラオケに行ったことで、幾分不安は和らいだと感じていたのだが…。




 学校が始まってから、初めての大型連休。世間では、これをゴールデンウィークと呼ぶ。
 泉谷龍は、このゴールデンウィーク中にサッカーの合宿に行くことになり、しばらく部屋を空ける。その代わり、その部屋を別の人が利用する。姉の泉谷有栖が、休みということで、戻ってくるのだ。
 そんなゴールデンウィークの初日の早朝。りんご荘の大家である昔野は合宿へ旅立つ泉谷龍を來未と見送った後、玄関先の道を竹ぼうきで掃除をしていた。來未は見送った後はムサシを散歩に連れて行った。ゴールデンウィーク初日の今日は、朝から曇り空であるが、雨は降らないであろう曇り空だ。お昼にでもなれば、青空が見えてくるのではないだろうか。
 と、そこへ、金髪碧眼の男性、榎本明吉の兄、榎本政宗がやってきた。これからバイトなのだろう。
「おはようございます。今日の午後位に戻ってくるんですよ、アリスさん。」
「まじか。じゃぁ、今日は早く帰ってこよう。」
 政宗の職業は、フリーターで、朝から晩までバイトに勤しんでいる。昼間はパン屋で働き、夜はレンタルDVD店で働いている。また、週末はバーテンダーらしきこともやっていて、なんだかんだで忙しい。
「政宗さん、ちゃんと休んでますか?」
「ん、休んでるって!今日はパン屋も休みだし。」
「そうですか。無理は禁物ですよ。しかし、なんでそんなに働く必要があるんですかね」
「金が必要だからさ!」
 即答する政宗。一体何が欲しくてそんなに頑張っているのかが、昔野には理解できなかった。りんご荘の人々の背景を知り、多くの情報を持ち得る昔野であったが、どうしても政宗が大学を中退してまでフリーターとして働き続ける理由だけが理解できなかった。
 ちなみに昔野は、土地を多く持っているので、不動産の収入だけで食べて行っている。だから、外に出て働かない。
 曇り空には燕が飛び交っていた。東京とは言え、この辺は緑が多い。今年もまた、昔野の家の軒先に巣を作るのだろうか。そして、糞を撒き散らしていくのだろうか。
 しばらく会話を交わしていると、赤い市松模様のスカーフを付けたゴールデンレトリバーを引っ張りながら、栗山來未が戻って来た。
「ただいまもどりました。」
「栗山の娘さん。ありがとうございました。」
 今日は学校が休みなうえ、泉谷龍も合宿でいないので、來未が朝の散歩に連れて行っている。普段は朝の散歩はロードワークをこなしながら龍の仕事だが、ゴールデンウィーク中はいないので來未がやることになったのだ。
「いえいえ。龍君がいない間だけなので。あ、政宗さん、おはようございます。お久しぶりですね。」
 來未と政宗は龍が入学式のときにあったきりだった。政宗はバイトでほとんど家を離れているので、なかなか会うことがない。
「久しぶり。うちの明吉がお世話になっているようで、何よりだよ。」
「うちの、明吉…?」
「あれ、話してなかったっけ。おれ、明吉の兄貴なんだ。」
 來未が混乱するのも無理がない。なにせ、政宗は名前はいかにも日本人らしい名前をしているが、見た目は金髪碧眼という立派な外国人風だからだ。
「ま、あいつとは腹違いなんだけどな。母方のばあちゃんがな、アメリカ人のハーフで金髪碧眼なんだよ。今は頭真っ白だけど。他は皆日本人なんだけど、なんか俺だけセンゾガエリしちゃってな。こんなんなんだよ。顔のつくりは結構日本人だろ?」
 自分を指さす政宗。
 確かに、良く見れば、日本人らしい顔と言えば日本人らしい顔をしている、そう思いながら、來未はじっと政宗を見つめる。不思議な感じだ。
「やだなぁ、來未ちゃん、ちょっと見つめすぎ。俺、照れちゃう。」
 おどけて見せながら、両手で顔を隠す政宗。來未は「すみません」と言って、政宗から視線を外した。

***************

 午後2時。泉谷有栖が手土産を持って、昔野の家にやって来た。あいかわらずのぼろ屋敷だ。数か月この地を離れただけなのに、どうしてこんなに懐かしいのだろう。
「昔野、いる?」
 鍵の掛かっていない昔野の家の引き戸を開けると、番犬として最早役立たずなゴールでレトリバーのムサシがお出迎えに来た。尻尾を振って喜んでいる。この犬は多分人間ならばほとんどの人に尻尾を振るであろう。
「わぁ、ムサシ、久しぶりね。元気そうでなにより。ねぇ、昔野はいる?」
 アリスはムサシの頭と顎をなでながら尋ねるが、ムサシはひたすら嬉しそうに尻尾をふっている。ああ、いないのか。アリスにとって昔野は長年アリスの大家であったのだ。昔野の行動パターンを読むくらい、なんてことない。
 昔野は、どんくさそうに見えて、客人が来ればすぐに玄関先にやってくる。どんなに体調が悪くても、ムサシよりも先に。だから、今、昔野がこうやって玄関先に現れないのは、昔野は外出しているからなのである。
 そして、彼は度々鍵をかけ忘れて外出する。今のところ、空き巣被害にあった様子は見受けられないが、いい加減その癖は直した方が良いのではないかと、アリスはずっと思っている。
「うーん、確かニタと天花はバイトなんだよね。あれ、一真と政宗はどうだったけかな。」
 独り言ちながら携帯を開いて、一真と政宗に「今いる?」とメールを送る。30秒もたたないうちに「いる!」と返信が返ってくる。政宗からだ。
 アリスは思わす「珍しい!」と声に出してしまった。政宗はどちらかと言えばメール無精で、返信が遅い方だったからだ。
 そのままアリスは、昔野邸を後にして、政宗の部屋へ向かった。昔野には

 また鍵かけないで出かけてるよ!泥棒に入られたらまずいから、早く帰って来なさい!

 と、メールを送っておいた。


「政宗も、相変わらず、きったない部屋ね!」
 政宗の部屋に入って早々声を荒らげるアリス。空になったコンビニ弁当や使用済みティッシュ、衣類や雑誌やら何やらで足の踏み場もない程に散らかっている。ゴキブリがいつ出てもおかしくない有様だ。
「最近、バイト続きでさ。もう片付ける暇もなかったんだよ。」
 ベッドに腰掛けながら話す政宗。久しぶりの友との再会に満更でもない様子で、嬉しそうだ。そんな彼を尻目に、アリスは、おもむろに台所の棚からゴミ袋を取り出して、ゴミを詰めていく。
作品名:りんごの情事 作家名:藍澤 昴