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りんごの情事

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「あ、そうですか。じゃぁ、なんとかしてみますので、しばらく時間をもらいますね。」
 買い物を終え、來未と仁田村はりんご荘の隣のおんぼろ平屋、昔野の家の玄関先を訪れた。昔野は相変わらずよれよれの服を着て、髪はぼさぼさだった。ゴールデンレトリーバーのムサシはなんと室内飼いされているらしく、尻尾を一生懸命振り、來未達のことを見つめながら、昔野の傍に佇んでいる。携帯電話のショップで受け取った書類を昔野に渡し、昔野邸を出ると、二人は來未の部屋に入っていった。
 今日は付き合ってくれたお礼に、來未がカレーをふるまう。仁田村に手伝って貰いながら。

 そういえば、明日は泉谷龍は入学式を迎える。仁田村の弁を借りれば、「景気づけ」ということで、龍も夕食に誘うことにした。
「龍、ちょっと緊張してない?」
「いや、そんなことないっす。」
 と、いいながらも、本人が意識しない龍の緊張は、なんとなくだが、來未にも伝わってくる。
「アリスがいないからね。初めて自分で色々準備するから、緊張してるんだよ。」
 仁田村がくすくす笑いながら、來未に言った。そういえば、龍は前に、この春社会人になって、りんご荘を出て行ったという姉の話をしてくれたが、仁田村が言うアリスという人物が龍の姉のことなのだろう。。
「ニタさん、そんなことないっすよ!姉ちゃんがいなくたって、入学式の準備くらい一人で出来ますよ!」
「そうなの。制服の準備は大丈夫?中学校のと間違ってない?」
「大丈夫に決まってるじゃないっすか。もう、あの新しいブレザーを五回は着ましたし、シャツだって、しっかりアイロンもかけたッすよ。」
 なんという念の入れようだろう。來未は思わず笑いを吹き出してしまった。ちなみに、龍の通っていた中学校は詰襟の学生服だった。
「はいはい。まぁ、“姉ちゃん”から、入学式の準備手伝えってメールが来てたから、ご飯食べたら、一応確認しに行ってあげるからね。」
 小さい子に諭すようにゆっくり語りかける仁田村。龍は、少し不機嫌そうにしながら、カレーに食らいついた。



作品名:りんごの情事 作家名:藍澤 昴