りんごの情事
明吉の通う高校は名門私立高校である。
駅から5分はなれた、良い立地にある高校だった。そして、同じ私立だが、來未達の北澤高校よりもどことなくきれいである。さすが「名門」私立。來未はそう思った。
二人は、校内に入ることは出来なかった。他校生の分際で入るのはおこがましいと感じられたのだ。しかし、学校の周りをうろうろしていたら、フェンス越しに野球部の練習場所を覗くことが出来た。野球部は、北澤高校のサッカー部と同様に、熱心に練習していた。
ホイッスルが鳴り、「10分休憩」と声が聞こえた。
「明吉さん、私達がここにいるのに気付くかな。」
「明吉さんいるッすか?」
「うーん、見えないなぁ。」
「あ、あれじゃないっすか、ほら、あそこのベンチの・・・。」
「あ、ほんとだ」
明吉は白いユニフォームを着て、チームメイトと楽しそうに話している。
「僕達に気付かないっすかね」
「ここに私達がいるってこと、明吉さんに迷惑になっちゃうんじゃないかな」
「そうっすね、じゃぁ、早いうちに退散しますか」
「そうだね」
二人は、もう一度名残惜しそうに、明吉の姿を見てから、明吉達を背にして。次行く場所の相談を始めた。
ところが
「おーい、二人とも、何でここにいんの?」
なんという偶然だろう。なんと明吉が二人に気付いて、わざわざ出て来てくれたのだ。
「わ、明吉さん」
「ちわっす。來未さんが、明吉さんの高校に行ってみたいっていうから、連れてきたンす。」
明吉は満更でもなさそうな様子で表情を緩める。
「へぇ。來未、俺に会いに来たかった?」
「せっかく近くを通りかかったから、明吉さんに会えたらいいな、と思いました」
「まじ?」
明吉は、左手で口元を押さえた。日焼けした顔であるが、ほんのり顔が赤くなっている。
本来なら、まっすぐに來未に向かう視線も、別方向に逸らさずにはいられなかった。
「こうやって会って話せて良かった。ね、龍君。今二人で明吉さん気付いてくれないかな、って思ってたんです」
にっこりとほほ笑む來未。
「あ、明吉さん、俺だって、來未さんと同じ気持ちだったンすからね。勘違いしないで下さいよ」
念を入れる龍。
「あ、あぁ、そだな。今一瞬勘違いしそうになったけど。」
明吉は小さな声で口にしたが、2人の耳にその言葉は届かなかった。
と、その時、ピ、ピ、ピーとホイッスルの音が鳴った。休憩終了の合図だ。明吉は少し焦った様子で、二人に別れを告げ、練習へと戻って行った。
それから、2人はりんご荘へ戻って行った。
りんご荘に戻って来たころ、時間はすでにお昼を過ぎていた。途中、クレープを食べて腹を満たした2人だったが、やはりお昼は美味しいモノを食べたいと思い、來未が昼食を作って、龍に御馳走した。勿論來未の部屋で。
來未の特技は「料理」である。昔から食事の準備は來未がやって来たので、料理は得意中の得意であった。
ただ、それでも、その來未の料理を食べるのは、基本的に家族限定であったから、こうやって他人に食べさせることは、慣れていない。手際良く昼食をこしらえたものの、もし龍の口に合わなかったら、と考えると、不安で仕方がなかった。
だが、心配など全然無用であった。
龍は、あっという間に來未の料理を平らげたのだ。それはそれは美味しそうに食べてくれたので、來未は内心ほっとした。
龍は、「來未さんは良い奥さんになれると思うっす」と言った。そして、顔を真っ赤にさせた。