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「電話、ごめんなさい!」
そう言って桜花は向かいに座る男に笑顔で謝る。
「いいよ。彼氏かな?」
「いえ!私彼氏なんていませんから!」
そう言って桜花は全力で否定する。桜花の向かいに座っている男は、桜花と同じ陸上部の2年生である、金目 涼(かなめ りょう)だ。
「神埼は可愛いから、彼氏いそうなのにね。」
「い、いや!いませんから!あ・・明日どうしますか??」
「俺んち来る?神埼、前に来たがってたよね?」
「いいんですか!?あ・・じゃあお邪魔させてもらいます!」
桜花は涼に満面の笑みを向ける。
 桜花に悪気はなく、ただ気を使わせたりして、涼や他の男友達と妙な距離が出来てしまうのが嫌なのだ。何より、幼いが故に”彼氏”という存在がまだなんだか気恥かしいのだ。
 そして時間は過ぎ、部活の練習を終えた土曜日の昼に至る。まだ季節は春とはいえども、動けば暑いし、汗は出る。桜花と涼は一度家に帰り、シャワーで汗を流してから、再び学校の前で待ち合わせる約束をしていた。
 桜花は準備を終え、学校に戻ってみると、そこにはバイクにまたがった涼の姿があった。
「あ・・・バイク?!」
「うん、こっちの方が速いから。それに神崎を乗せてってあげられるしね。とりあえず、これかぶって!」
涼は桜花にヘルメットを渡す。
「あ・・・バイク、後ろ、乗るのとか初めてで・・・、どうしたら・・・。」
「え、本当に?えっと、とりあえずまたがって、ここに足を置いて、それでOK!」
涼は戸惑う桜花に笑顔でそう言った。
「あ・・・えっと・・・ど、どこにつかまれば・・・?」
初めてのバイクに緊張しながら桜花は尋ねる。
「・・・俺につかまってて。しっかりつかまってろよ?危ないから・・・。」
そう言って涼は桜花に顔を向けることなく、バイクを発進させた。
 桜花はただずっと涼に抱きついていた。バイクに乗った時から、バイクを降りて暫らくするまで、桜花の心臓の音はうるさかった。初めてのバイクにドキドキしているのか、涼に抱きついてドキドキしているのか、桜花自身も分からなかった。
 涼の部屋に入り、心臓のうるささも忘れた頃、桜花はいつもの調子に戻っていた。
「涼先輩!これこれ!この映画ですよー!これ、すごく見たかったんです!」
桜花が涼の部屋の棚から取り出したDVDは、昨年流行った恋愛映画だった。
「え、これ見たいの?mぁいいけど。」
「あ、電気は消してくださいね!映画は暗くして観る主義なんです♪」
涼は「はいはい」と笑って、カーテンを閉め、灯りを消し、DVDを再生した。
 映画の内容は主人公の男がヒロインの女に片思いをしていて、両想いになるために試行錯誤して、なんとか恋を成就させる、というものだった。劇中で主人公がヒロインの為にバイクを買って、ツーリングに連れていくシーンで、桜花は涼のバイクの後ろに乗っている時の事を思い出した。桜花はこっそりと涼の顔を見る。高く、筋の通った鼻。きちんとセットされた髪。捲くられた服の袖から見える、程よく筋肉のついた腕。いつも部活で見慣れているはずなのに、桜花の中で高揚する何かがあった。
 気が付くと、桜花は涼を見つめていた。そして、涼も桜花が自分を見つめている事に気がついた。
 気が付くと、次の瞬間には涼は桜花を押し倒していた。
家には涼と桜花以外の人間はいない。涼自身、そんなつもりで桜花を家に読んだ訳じゃなかった。桜花自身も、そんなつもりで家に来たわけではなかった。
 押し倒された桜花は涼の目をじっと見つめ、抵抗などしないものの、内心はかなり焦っていた。
「涼先輩・・・あの・・・私、実は・・・彼氏が、いて・・・。」
桜花は震える声で大輝の存在を打ち明ける。だが、涼の表情は変わらない。
「知ってるよ。よくメールしてる姿、見てたから。でも、ずっと会ってないよね。俺と居る時間の方が多い。神埼、入部したばかりの時は寂しそうだったよね。いつも笑ってたけど、いつも寂しそうな顔をしてた。ケータイをチェックしている時もそうだ。悲しそうな表情をしている事が多かった。」
「・・・そんな、私・・・。」
「俺ならそんな顔させない。俺なら、寂しい思いをさせない。俺なら桜花をいつも笑顔に出来る自信があるよ。」
そういう涼の眼差しは真剣だった。
「桜花・・・好きだよ・・・。」
桜花の目から涙があふれると同時に、桜花の手は涼の背中にしがみついていた。
作品名:無題 作家名:八条