無題
入学式、桜は既に散っていた。
高校生になり、桜花は陸上部に、大輝は軽音楽部に入部した。更に、大輝は卒業後に桜花と同棲する為に、今から貯金をしようとアルバイトを始めた。そうすることで自然と忙しさで2人が会う機会も、連絡を取る機会も減った。夜に暇な時間があったらメールや電話をするだけになってしまった。
桜花は持ち前の明るさと社交性でクラスの人は勿論、部内の男女、先輩とも直ぐに仲良くなり、充実した毎日を送っていた。一方、大輝は桜花ほど社交的ではないものの、仲の良い友達は居た。しかし、部活の練習、バイト、それに桜花に会えない寂しさが重なって精神的に疲れてしまっていた。
その所為で学校ではボーっとすることが多くなり、前よりも口数も笑顔も減っていた。
「大輝くん、プリントまだかなー?私ずっと待ってるんだけどー??」
大輝はまたボーっとしてしまい、後ろの席の女の子にまた注意されてしまった。
「あ・・・ごめん・・・・えっと・・??」
「桐谷 雨音(きりたに あまね)ね!大輝くん、後ろの席で、同じ部活の曜日なんだから、いい加減名前覚えようかー?」
「ん、ごめん。俺、名前覚えるの苦手で・・・。」
「別にいいよ!というか、最近ずっとボーっとしてるね。覇気がないといいますか・・・何か悩み?」
「あ、いや、何もないよ!ほんと、ごめん。」
そう言って大輝は軽く会釈をして前を向いた。
大輝は別に雨音が苦手という訳ではない。むしろ社交的ではない大輝にとっては好きな部類である。そして、「少しだけ、どことなく桜花に似ている」と思っていた。桜花に似ている所為か、雨音と関わると余計に寂しくなってしまうので、極力関わらないようにしていた。
明日は土曜日。大輝のアルバイトは昼まで。桜花も部活は午前中だけだったので、2人は先週から会う約束をしていた。2人が会うのは1ヶ月ぶりになる。金曜日のバイトを終えた大輝は、明日の予定を決めるために久しぶりに桜花に電話をした。大輝が思っていたよりも、早く桜花が出て「もしもし?」と変わらない桜花の声に、大輝はなぜか安堵した。
「明日の事なんだけど、行きたいところとかある?食べたいものとか!」
「あ、ごめん・・・約束、してたっけ?」
「え・・・?あ、うん・・・してたよ!」
「ごめんっ!明日は先輩と遊ぶ約束してて・・・今もその先輩と遊んでるんだよね・・・。」
「そうなんだ。じゃあ楽しんできな!」
「本当にごめんね!じゃあ!」
そう言って、桜花は半ば一方的に通話を切った。桜花は大輝との約束を覚えてなどいなかったのだ。大輝は「桜花が楽しくやっているなら」と、今にも吐き出してしまいそうな何かを抑えた。