夏の陽射し
責める
重い体を引きずって、家に帰ると、普段通りに親は接してくれた。
自分の部屋に戻ると、ベッドに寝転び、そのまま眠りの世界へ落ちていった。目を覚まし、時計を見ると既に9時を回っていた。
「あ、起きた?」
俺の机で、実澪は勉強していたようだった。
「ずっとここで俺が起きるのを待ってたのか?」
「そうだよ。」
「ごめん。」
俺は実澪に謝った。というより、それしか言葉にできなかった。
実澪を見た安心感も一緒になって、今まで以上に涙があふれ出てくる。
実澪はそんな俺を見ると、優しく抱きしめてくれた。
実澪の腕の中で、俺は泣いた。今はどんな場所よりも、一番落ち着ける場所だった。
「カズかっこよかったよ。一生懸命頑張ったじゃん。やっぱりすごいよ。」
俺は返事もできないくらいに泣いていた。
「頑張ったよ。よく頑張った。うん。」
実澪は俺を優しく抱きしめながら、俺の背中を軽く叩く。
実澪の温もりが、冷えきっていた俺の心を少しずつ温めていく。
*
翌日・・・
普段通りに実澪と一緒に学校に向かう。
いつもと何も変わらない景色、いつもと同じ道を通る。
何も変わっていなかった、と思ったのも束の間、学校では騒ぎが起こっていた。実澪と土間で別れ、教室に向かう。
教室は、いつものように騒がしかった。その騒がしさに一瞬だが、心が安らぐ。
俺を見つけたクラスメイトは、勇太を筆頭に俺に突進してくる。
「うわっ!な・・・なんだ!?」
バンッ!
勇太が俺の机に紙切れを叩きつける。
「お前、有名人だぞ!」
「は?何言ってんだ?」
訳も分からず、俺はその紙切れを見る。スポーツ紙のようだった。
高校野球開幕!
そう書かれていた文の真下に、でかでかと俺の写真が載っていた。
「うはぁ!!??」
普通、こういうところに載る写真は、勝ち上がったチームの選手が載るものだ。
そこに1回戦で負けたはずの俺の写真が載っていたのだ。
『敗退したものの、球速は最高145kmを計測。1年生とは思えないマウンド度胸を見せた栄光高校の1年生右腕。』
「1年生とは思えない体の出来上がり方、肩や肘の使い方、変化球、どれを見ても、今後に期待できる。だってさ」
勇太がその記事の文面を読み上げる。
「負けてしまったのは、気持ちの緩みが出たのが原因だろう。最終的に持ち直したが、少し遅かった。もし、気の緩みがなければ、面白いことになっていただろう。春の大会は期待できる。」
敗因を的確に指摘し、実際にそれが原因で負けた。
むず痒い記事を一通り眺めると、キャプテンが教室にやって来た。
「おい!渡辺!・・・なんだ、もう見てたのか。」
「今見たところです。」
「いやー、一気に有名人だな。春の大会はマスコミがうるさいかもしれんぞ!」
豪快に笑い飛ばすキャプテン。
昨日負けて涙を流していた人と同じ人物だとは思えなかった。
「・・・そうですね・・・」
俺は軽く受け流す。
その日の授業は全く耳に入らなかった。
先生に指名されても、なんと答えたのかさえ覚えていない。
ただ覚えているのは、その度に勇太が必死にフォローしてくれる姿だけだった。
俺はその日から1週間部活を休んだ。
練習には数人の新聞記者が来ていた、ということを勇太から聞いた。
そんなこと、全く気にならなかった。
そんなことどうでもよかった。
悪夢のような試合から1週間たった今も、全く整理できていなかった。
実澪と一緒に過ごしていても、全く頭に入っていなかった。
ある日曜日、ついに実澪に怒られた。
「カズ!いい加減にしなよ!」
不意に実澪が大きな声を出したので、俺は驚いた。
「どうしたんだよ。」
「いつまでくよくよしてるの?たしかにカズは負けたよ。まずはそのことを受け入れなよ!」
「・・・受け入れてるよ。受け入れてるけど・・・何か・・・」
「受け入れてないよ!!逃げてるだけじゃん!カズは自分の嫌なことから逃げてるだけだよ!」
「逃げてねえよ!!負けたのは・・・負けたのはわかってるんだよ・・・。でも・・・どうやって気持ちの整理を付けていいのかわからないんだよ・・・」
実際、実澪の言うことは図星だった。
負けたのは俺のせいだ。これは間違いの無い事実だ。それはわかってる。
なんで、みんなあんなに早く立ち直れるのかわからなかった。
キャプテンでさえ、翌日には笑顔だった。
なんで、そんなに早く気持ちの整理が出来るのかわからなかった。
「わからないんだよ・・・。なんでみんなそんなに早く立ち直れるのか・・・」
「・・・それは、みんな後悔無くやりきったからだよ。カズだって、全力でやったんでしょ?」
「ああ。」
「だったら、今回はそれでいいじゃん。先輩たちが引退するのが自分のせいだと思ってるんでしょ?」
「・・・」
「先輩たちはカズを責めなかったんでしょ?」
「・・・」
「それは、みんなカズだって全力でやってたと思ってるからでしょ?先輩たちの夏を終わらせてしまった、とか思ってるんでしょ?」
「ああ。」
「そんなのカズのエゴだよ。」
「!!」
「先輩たちだって、頑張って3年間過ごしてきたと思うし、後悔もないから、笑顔になれるんだよ。」
実澪にそう言われて、少し考え込む。
「・・・わかった・・・。」
何かが変わった気がした。
俺の中の気持ちが変わった気がした。
(春に、絶対見返してやる・・・!先輩たちを甲子園に連れていこう。)
この気持ちの変化が俺の野球人としての急激な成長につながる。
翌日から、俺は野球部の練習に復帰した。
何かに取り憑かれたかのように練習した。
もちろん、栄光高校は進学校。勉強もしなければならない。
その両立は大変だった。毎日遅くまで練習し、そのあと勉強をする。
実澪はそんな生活を送る俺をずっとそばで支えてくれていた。
夏の大会の後、落ちかけていた成績もだんだん取り戻した。