夏の陽射し
弱い・・・
あっという間に時は経ち、今日は地区予選1回戦当日。
対戦相手は俺たちと同じくらいのレベルの、いや、俺たちの方がレベルは上と思われる、東高校。
キャプテンはロッカールームで俺たちを集め、話し出す。
「よし、みんな、気合入れていくぞ。相手は俺たちよりも弱いかもしれない。でも絶対に気を抜くな。
試合が終わるまで気を抜くんじゃないぞ。いいな?」
全員が頷く。
「それじゃあ、スタメンの発表だ。」
「1番二塁手、片山。
2番右翼手、堂本。
3番三塁手、日比谷。
4番中堅手、大友。
5番一塁手、伊藤。
6番左翼手、佐川。
7番投手、飯山。
8番捕手、結城。
9番遊撃手、庄司。」
結城と勇太は思いっきり大きな声で叫ぶ。
『はい!!!!!』続けてキャプテンは言う。
「1年生の二人には結果は期待しない。でも一生懸命やってくれ。それから、渡辺もいつでも出られるように肩は作っておけ。」
「はい。」
「よし!!行こう!!俺たちの強さを見せつけてやろうじゃないか!!」
『うおおーーーーーっす!!!!』全員に気合が入る。
しかし、結城と勇太は緊張でガチガチに固まっていた。
俺は二人に囁く。
「練習だと思えばいい。苦しい練習に耐えてきたろ?大丈夫だよ。なるようになるさ。やれることはやってきたんだから。」
二人は少し緊張が解け、三人で笑いあった。
「よし!行こう!」
「頑張ろう!!」
その頃スタンドでは・・・
「いえーーーーい!!行けーーー!!栄光高校ーーー!!!」
人数の少ない応援席でその声は一際目立つ。
その声の主はというと、もちろん実澪だ。
さっきまで実澪の隣にいたはずのおばさんと母さんは少し実澪と距離をとっていた。
その声はまだロッカールームにいた俺たちにも聞こえた。
「おいおい、この声は誰かさんの彼女の声じゃないか?」
片山先輩が意地悪そうに笑いながら俺の方を見る。
俺は苦笑いしながら
「誰でしょうね?」
と答える。
ロッカールーム内に笑いが響く。そのことが1年生に和らぎを与えることになった。
「あ!出てきたよ!!おーーい!!カズーーー!!がんばれー!!」
俺は恥ずかしすぎて、顔を真っ赤にしながらも一応手を振る。
隣で見ていたおばさんが、耐えられなくなったのか、実澪に落ち着くように促す。
「実澪!周りを見てみなさいよ。恥ずかしい・・・」
われに帰って辺りを見回すと、多くの観客の目線が自分にむいていることに気づいた。
顔を真っ赤にすると、ストン、と腰を下ろす。
その様子をベンチで見ていた俺たちは笑いが止まらなかった。
「渡辺、お前の彼女最高だな!!」
「はは・・・いや・・・」
俺は苦笑いをするだけだった。
ただ、その苦笑いの中にも安堵の表情があった。
「熱下がってよかったな。」
そのわずかな表情の違いを読み取ったのか、勇太が俺に声をかける。
「ああ、よかったよ。」
「これで心置きなく戦えるな。」
相手チームもベンチに入ってくる。
キャプテンはメンバー表を持って、審判のもとへ。
「今日はいい試合にしましょう。」
「負けませんよ!」
お互いに礼をし合って、ベンチに戻ってくる。
「やっぱり、相手のピッチャーは大城か。」
「そんなにいいピッチャーなんですか?」
俺はキャプテンの言い方が気になり、尋ねる。
「ああ、大城はヤマと同い年で、中学の時のライバルだ。中学No.1ピッチャーだ。」
「え!?飯山先輩に投げ勝ったっていうあの・・・?」
ふとベンチ前でキャッチボールを行う飯山先輩に目が行く。
「ああ、チーム自体はそんなに強くはないが、気を付けていかないとな。ヤマ。あまり意識するなよ。」
「・・・はい。」
飯山先輩は静かに、しかしその内側に確かな闘志を秘めた声で返事をする。
明らかに相手のピッチャーを意識している。
「完全に燃えてるな。・・・空回りしなきゃいいが・・・」
キャプテンは小さくそうつぶやくと部員に円陣を組ませる。
全員に喝が入り、いよいよ試合が始まる。
試合は予想通り、接戦にもつれ込む。
しかし、試合の流れとしては、こちらが圧倒的に悪かった。
飯山先輩は毎回のようにランナーを出すものの、なんとか無失点に抑えていた。
反対に、東高校の大城さんは、初回にキャプテンにヒットを許したものの、その後4回まで完璧に抑えていた。
「まずいな。」
ここまでベンチで見ていた監督が俺の横でつぶやく。たしかにまずかった。
流れもそうだが、飯山先輩は明らかに球数を多く投げすぎていた。
「こりゃ最後までもつかな・・・」
監督の言葉は的中する。
5回を終わり、飯山先輩の球数は早くも130球に達していた。
いくら初戦とは言え、この流れは俺から見ても非常にまずかった。
「渡辺!!」
監督に呼ばれる。
「次の回からお前がいけ。」
「監督!!・・・俺まだ行けます!」
珍しく飯山先輩が声を荒らげる。
「わかってる。でも、まだ1回戦だ。お前にここで潰れられたら、元も子もない。」
「・・・・・・」
「お前にはライトに回ってもらう。堂本と渡辺が入れ替わる。」
「はい!!」
俺はいそいでキャッチボールを始める。
監督は続けてこう言った。
「悔しいのはわかる。でもフィールドに居る限り、私情をはさむことは許さん。今度はお前が渡辺を支えてやれ。」
監督は静かに、しかし力強く言う。
「・・・はい。」
「渡辺!!結城!!ちょっと来い。」
俺たちは監督に呼ばれ、駆け足で動く。
「この場面で1年生バッテリーに任せることは、プレッシャーはいうまでもないだろう。だが、お前たちならできると信じている。」
監督は俺たちの目をじっと見つめながら言う。
「お前たちの力で流れを引き寄せてこい!!」
『はい!!!!!』
その頃スタンドでは・・・
「あ、カズが出てくるみたいだよ。」
いち早く気づいたのは実澪だった。
「こんな場面で・・・ねえ・・・。大丈夫かしら・・・」
母さんは喜びたいのだが、とても心配そうだった。
「・・・カズ・・・。頑張れ・・・頑張れ・・・」
実澪は祈るようにつぶやき続ける。
*
結局5回の裏も、あっけなく3者凡退に倒れ、攻守交代となる。
『栄光高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、飯山君がライト。ライトの堂本君に代わり、ピッチャー、渡辺君が入ります。』
スタンドにどよめきが走る。
それもそのはず。
今大会で注目されていた飯山先輩に変わって、全く無名の1年生投手がマウンドに上がるのだから、その反応は当たり前だろう。そんなどよめきの中俺は駆け足でマウンドに上がる。
初夏の日差しがマウンドに降り注ぐ。
俺はゆっくりと、ロージンバッグに触れ、汗を拭う。
周りが静かだった。
とても球場のど真ん中にいるとは思えなかった。
何も・・・何も聞こえなかった。
投球練習を終え、結城が俺のもとに駆け寄ってくる。
結城が何か言っている。