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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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【302号室 藤井祐一(2)】−『藤井祐一の事情』−



 ―――二年前。イギリス、ロンドン。
 中東A連邦の主催にて行われたパーティにて、銃弾が撃ち込まれる事件が発生した。
 複数の自然保護団体から『環境配慮の概念を持たず、世界共有の財産であるべきところの原油資源を私的利用し、世界の経済活動を圧迫する国家へ裁きを下すための共同作業である』という主旨の犯行声明が出された。
 但し、その被害者の一人は、当該大使館の職員ではなく、ある日本人外交官の息子だった。
 つまり、『誤射』である。
 NHKのニューステロップでは、『ロンドンのA連邦大使館にて狙撃事件発生、邦人一人意識不明』と報じられた。
 このニュースはその日のニュースで報じられ、1980年にごく付近にある同様の中東国家の大使館占拠事件をもじって『第二次駐英大使館狙撃事件』、或いは『英国A連邦大使館事件』として、長く語られることになる。
 その時の被害者が、大使館職員の息子であるところまでは報じられたが、国家権力が武力行使を行う組織に屈しないという強固な意志を持っている点、未成年であることなどを考慮され、それが誰の息子で、どのような名前で有るかなどは報じられていない。

 但し、事件はそこで終わっていなかった。

 被害者とされた大使館職員の息子は、意識の回復を報じられた数日後、病院のセキュリティを掻い潜って侵入した何者かによって誘拐されたのである。
 この事件は当初日本国内では報じられず、多くの人間はインターネットの海外サイトを通じてこの件を知り、大いに問題になった。
 首相は即座に定例会見で『父親の大使館職員の意志で、敢えて“武力行使を行う反政府組織に屈しない国家”の礎となる覚悟で、“非公開”という不屈の意志と態度を採った』とこの件を説明した。
 時のイギリス首相は、大使館職員と日本国の立場を評価しつつも、日本首相と連名で誘拐された少年の捜索を全力で執り行うことを約束した。
 日本国内ではインターネットでこの対応に対するアンケートなどが執り行われ、一部では『少年の姓名、容姿を公開して捜査するべきだ』との声が叫ばれたが、現場がイギリスということ、逆に日本国内でイギリス人の留学生が殺害され、その容疑者が逃亡する事件が発生たことなどが影響し、日本とイギリスの間ではお互いに全力を挙げて捜査を行うことに衆目が集まり、やがて少年自身のことは忘れられていった。

 事件が新たな動きを見せたのは、数ヶ月前のことである。

 中東のA連邦、英国大使館に保護を求めてきたその人物は、自らがイギリスの事件の当事者であることを明かした上で、誘拐された後の自らの足跡について『誘拐された後に各国を転々とし、誘拐犯が発言を行う際の代行や潜伏先での買出し係として働いていた』と発言したという。
 折しも、日本国内ではイギリス人留学生殺害の国際指名手配犯が逮捕され、両国は歓迎の態度とともに再度の国際的協力関係の強化を確認しあい、互いの国家、そして解放されたA連邦をも含めて国際的な努力を讃えた。
 少年が最終的にはテロを起こされたA連邦で解放され、速やかに本人確認と保護に努め、日本へと送り返したことも有り、イギリス、日本、A連邦の三者の関係は水面下で雪解けの空気を作り始め、現在状況は三者が三様に互いの努力を讃え、好感をもって接しているという状況を生み出していた。

 この一連の事件を日本では『英国A連邦大使館事件』と呼び馴らす者も、数カ月を経た現在では少なくない。
 そして、少年の名は、結局報道されていない。
 その少年が自ら虜囚となったことも、少年の行いが本当は『逃亡』だったことも、少年と誘拐犯…つまり『当事者』たち以外には誰も知らない。