アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一
『視える』世界
目覚まし時計の音が“視える”。
祐一が目を覚ますと、先ず必ずその黄色い音が“視える”。
現在の目覚まし時計の音は、祐一にはそのように認識される。
祐一は黄色い音をたてる目覚ましを止めた後、カーテンを開けて窓を開ける。
爽やかな風の匂いを青く感じた。
『トランスレイション』
藤井祐一はその『使い手』だった。
明確に自らを『使い手』と称するには訳がある。
それは、自分のその能力が『ある日を境に生まれた』からである。
加えて、祐一が間違いなく持っているその感覚は、これまでに報告されている似たような事例(『共感覚』と言うものらしい)と、明らかに異なるケースが数多く有ったのだ。
文字や数字が色に認識されるケース、音に色を感じるケース、人間に色を感じるケースなどは多数報告されていたが、祐一にはそれ以上に意外な『感覚的事実』が発生していた。
例えば、祐一は壁の凹凸が数字や文字に視えることが有る。
現在のように起き抜けの気が抜けているときは特に、だ。
他にも、水道やガスの揺らぎが文字に視えることもあるし、物体の移動が数字や数式、曲線に視えることも有る。
写真や絵画を見るときはそこに描かれているものがなんなのか認識できるが、それがアニメーションや動画になると数字や曲線に視る事もできる。
何より顕著にして最大の違いと言えるのは、人間の感情がある程度ではあるが『色』として認識され、言葉が勝手に翻訳され、また自らも相手の使う言語を扱うことが出来る。
故に『トランスレイション』。
それらは明らかに人間の通常の状態ではない。
しかし、後天的に生じたその力を自分の力で制御することが出来ている。
故に『使い手』。
祐一は目を閉じて、風の感触を“視ながら”、自分が『使い手』になった時のことを思い出していた。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一 作家名:辻原貴之