アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一
四人が念書を交わし、念のために拇印を押してその場を去る。
「今更、遅いかも知れないが……」
本橋が、去り際に口を開く。
「何だい?」
「平家に……。済まなかったと伝えてくれ。……今にして思えば、平家にしたことは逆恨みだったのかも知れない」
祐一は、本橋の言葉を聞きながら、両手を頭の後ろで組んで、背もたれに大きく寄りかかった。
「……だろうな。紛れも無く逆恨みで、君たちのした事は犯罪だ。でも、気付いたのが俺だけで『何も無かったことになるのならそれに越したことはない』んじゃないか?若さゆえの過ちは誰にでも起こることだ。次が無ければいい」
「本当に、それでいいのか?」
「俺はね。尾形や平家がどう思うのかは、知らない。だが、少なくとも尾形には君らの名は明かさないし、アイツらにとってもどうでもいいことだろう。原因さえハッキリしていれば、それでいい筈だ。原因の時点で、アイツらにも非があることは事実だろ?」
本橋の問い掛けに、祐一は肩を竦める。
「そうか……」
『アイツらにとってもどうでもいいこと』。
この言葉が、本橋を打ち据えたのが祐一には『視えた』。
それだけ自分が相手にされていないことが、改めて浮き彫りにされたのだから、当然だろう。このくらいのお灸を据えておけば、本橋には充分だと祐一は理解した。
「それに、俺の仕事は、『平家が安全に登下校できるようにすること』だ。お前らの処分は俺の領域じゃない。お前たちが『念書』の内容を守っている限り、俺の仕事はここまでさ」
「……ありがとう」
祐一の言葉を受け止めて、咀嚼するように眼を閉じて俯いてから、本橋はその場を後にした。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一 作家名:辻原貴之