アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一
だが、祐一はその視線を歯牙にもかけない。
これが『そういう話』だと言うのなら、そこは祐一の馴染みの『職場』だ。
そして、半人前であっても、交渉人の藤井祐一は職務を遂行する。
「なら、コーラス部の女子や空手部の一年なんか巻き込まず、平家と尾形に直接会話すれば良かったじゃないか。それを選択することすらせずに窃盗行為を働き、自分たちの悪事を正当化しようとしている時点で、君たちは立派な犯罪者だよ。誰が何と言おうと、これだけは、事実だ」
「だからって、今更直接話したくらいで許せる訳ないだろう!人がするかしないか、必死に考えて、ようやくした告白を、勝手に他人に話した挙句、その他人の口から断らせたんだぞ!引き受けた方も、やらせた方も、許せるわけがない!」
祐一が突きつけた言葉を、本橋が否定する。
しかし、その言葉は祐一の予想の範疇だった。
「だが、それだと、コーラス部や空手部、ましてや『外部生』の無関係な人間を巻き込んだことは、尾形が平家を巻き込んだ事と何ら変り無いんじゃないのか?君たちのした事は、『窃盗』という法に触れる域まで達してしまったという時点で、或る意味尾形のそれ以下だ。……では、今の小学生以下の感情論以外での申し開きはあるかい?」
『………………』
祐一が更に追求した言葉で、四人が押し黙る。
「さて、そろそろ落とし所を見つけるべきだと思うが、どうする?勿論、俺の手に有るデータはパソコンからいつでも引き出せて、俺の帰宅が平家を自宅まで送った後、日付を超えた時には学校のサーバーにアップされるように細工してある。君たちのした事は悪戯にしては度が過ぎている。だから俺もそれなりの対応をさせてもらうことにした。君たちの気が済まず、これからも報復を続けると言うのであれば、これらの証拠は表沙汰にすることになる。ストーカー行為は学校のイメージにも悪いし、警察や親御さんにも迷惑が掛かるだろうな」
「……俺たちを脅すつもりか」
小林が再び、祐一を睨みつける。
「いや。これは『交渉』だよ。君たちがこの『念書』にサインさえしてくれれば、俺は一切を無かった事にしても良いと思っている。平穏に終わるのが一番だろう?」
『……?』
祐一の言葉に、四人が揃って疑問の表情を浮かべる。
『まぁ、普通はそうだろうな』と思いながら、祐一は、予め用意しておいた『念書』をテーブルの上において、それぞれに取らせた。
念書の内容は、『相手を問わず二度とストーカー行為や犯罪行為に及ばないこと』、『条件を飲めば藤井祐一は今回の資料を公開しないこと』、『念書を交わしたら藤井祐一が介在したことを忘れ、今後一切この件について話題にしないこと』、『念書は四人全員の分が揃って、初めて効果を発揮すること』、最後に『以上の条項に違反があった場合、藤井祐一は一切の条件を破棄して然るべき手段をとること』などが記載されている。
「……君たちの主張する『尾形と平家を許せない理由』とやらも、一応理解したつもりだよ。それを加味して、最後の条件の前に一つ、条件を加えよう。『君たちが条件を飲んで念書を交わしてくれれば、君たちが直接手を下さずに、俺の方から尾形と平家に言って、二度と同じことをさせないように同様の念書を交わす』。念書の保管は俺が行うが、何なら証拠として君たちにコピーを提示しても構わない。……破格の条件だと思うけど、どうする?」
最早四人の口に『否』は無かった。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一 作家名:辻原貴之