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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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 本橋たちが立ち去って暫くした後、祐一は背後の壁に寄りかかってパーテションを三回ノックする。
「……聞いての通りだよ。これでこの件は解決だ。……こんな事になる前に、自分で尾形の問題と、もっと正面から向き合っておくべきだったんじゃ無いのか?」
「……友達、なんだよ」
 隣室から絞り出された声は、非常に辛く、深い『色』を祐一に『視せて』いた。
 平家あずさ。
 祐一は、被害者の権利として、彼女をこの場に呼んで、隣のスペースに隠れさせていた。
 『遠藤先生』と同じく、強く拒むことが出来なかったが故に、尾形への告白の返事を代行することになってしまった、少しだけ勇気の足りない娘は、一言、そう言ったきり黙り込んでしまう。
 いつも『その足りない一歩』が人を不幸にする。
 祐一のように歩みが早すぎるのも良くないが、平家や遠藤は、友を失う恐怖に足が竦んでしまう、そんな人たちだ。
 祐一はディバックに本橋達と交わした『念書』を片付けた後、代わりにノートパソコンを取り出すと、新たな『念書』の作成に入る。
 数十種類もあるテンプレートの中から一つを選び出し、一旦固有名をつけて保存すると、それを平家と尾形用の内容に組み替えて行く。
 その作業をしながら、パーテションの向こうで落ち込んでいるようにも感じられる平家に声を掛けた。
「さて、平家。今度はお前が俺と『交渉』する番だ。お前の口から言うか、俺が言うか。自ら連鎖を絶ち切って尾形と向きあうのか、俺に向きあうことを強要されるのか、という話でもあるな。……尾形が俺の呼び出しに応じて図書館に来るまでに決めておけ。どちらにしても、俺は本橋達と『念書』を交わした以上、しっかりと仕事はさせてもらう」
「……決めてるよ。……分かってる。藤井くんこそ、アタシがどうするのか分かってるクセに、こんな時ばかり意地悪言わないで」
 出来る事ならば今の関係で、尾形に厳しいことなど言いたくは無いに違いない。
 それでも、『お前が言わないのなら俺が言う』と言ってしまう祐一を、平家は嫌いにはならないだろう。
 それが本当の、正常な姿なのだと平家あずさは理解していて、心の何処かでは解決を望んでいるからだ。
 声や言葉の中にさえ『色』が『視える』と言うことは、こういう時に便利では有るが、ひどく寂しくも感じられる。
 時には、『理解しなくてもいい、理解したくないもの』、『もっとウェットに、失敗を繰り返しながら進めるべきもの』と言うのも、存在する。
 そして、それを利用して自らの立場の隠蔽に使おうとする自分の卑怯さも、重く感じられた。
 他人には立ち向かうことを求めながら、自らは逃げることしか出来ない。
 その上、『相手の為』というお題目の上で、その実、自分の為にこの事件が表沙汰にならないようにしている。
「………………そうか」
 祐一は重い何かを隠し、携帯で尾形を呼び出しながら、プリンタを借りるべく司書のところへ向かった。