アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一
三日目の夕方
土曜日、十九時三十分。
図書館、会議スペースAには数人の一年生が陣取っていた。
三つ用意されている会議スペースのうち、一番手前の、入口に近い場所だ。
土曜日は、昼から活動出来るため、どの部活動も早めに終了する。
そこに遠藤慶太がやってきた時、既にその場には四人の人物がいた。
その場に居た四人のうち、三人は遠藤もよく知っている人物だ。
本橋明範。
沖田悠平。
小林翔太。
そして、最後の一人は、会話をしたことはないが、知っている人物。
「やあ、『遠藤先生』」
藤井祐一。
下座に陣取った祐一は、遠藤をエスコートするように腰のあたりを押して、会議室の中へ収めてしまうと、平然と口を開いた。
「さて……揃ったね」
「……どういう事だ」
祐一の言葉に真っ先に噛み付いたのは本橋だ。
眉間にシワを寄せ、祐一の方を睨みつけてくる。
「それを聞きたいのはこっちの方だ。さて、俺の名前は多分、名乗らなくても知ってるよな?」
祐一の言葉に、四人が押し黙る。
それを肯定と受け取り、祐一はそのまま続けることにした。
「……悪いが、俺なりに調べさせてもらったよ。平家あずさに対するストーカー紛いの行為と、コーラス部並びに空手部、そして一部無関係な人間の上履きを窃盗した行為。そして、俺に対する脅迫。この何れもが、君たちの仕業だと言うことは、『俺が名乗る必要がない』と言うことも含めて概ねハッキリしている」
祐一がジェニオに言って取り寄せたリスト。
住所氏名電話番号その他一式のリストと、上履き盗難者のリストの他に、別の条件のリストを一つ、要求した。
その条件は、『自転車通学の登録をした人間のリスト』だ。
登録証を自転車に貼る必要があるため、足のない人間が『自転車で下校をする平家あずさ』を追いかけるためには、どうしても必要なものになる。
自転車で送るようになった初日、『足』がなくて追いつけなかった彼らは、腹いせにコーラス部と空手部の『内部生』の上履きを盗むと言う所業を働いた。
そして、『外部生』の一部にも盗難が及んだのは、或る特定のクラスの人間のみ。
それが、本橋たちの所属するクラスの『外部生』。
彼らは感情に任せて、顔見知りで気に入らない人間の上履きを盗めるだけ盗んだ、というのが真相なのだろう。
上履きの被害がコーラス部と空手部の『内部生』と『特定のクラスのみ』という特徴を持って集中していることに、それは象徴されていた。
「不審がられまいと昨日の帰り、俺たちを追い抜いたのは完全に下手を打ったな。写真もバッチリ残ってる。因みに、空手部もコーラス部も、あの時点で学園の居残りとしては最後のグループだ。しかも、バス通りでは有るがあの辺に寄り道出来る場所はない。つまり『俺たちより遅く帰る生徒の集団は、存在しない』ってことだ。そこに二時間以上前に練習を終えた筈のサッカー部の本橋、沖田と、写真部の遠藤、加えて帰宅部の小林が居るのは、どう考えても不自然だ」
「……図書館で宿題してたんだ!何の問題が有るんだよ!?」
小林が祐一に食い下がる。
どうやら、小林には自ら認める気はないらしい。
しかし、祐一は小林の言葉の『色』に明らかな誤魔化しの意図を感じていた。
「正確に言いなよ。『宿題も』してたんだろ?主目的は平家への嫌がらせだ」
「そんな根拠がどこにある?そもそも、俺たちはお前たちを追い抜いただけだぜ?」
小林の、学生にしては堂に入った韜晦振りを見て、祐一は少し驚いた。
しかし、祐一には既に幾つもの証拠が有った。
「物的証拠が欲しければ論う事も出来るよ。君たちが昨日、自転車の登録証を入手したリスト、上履きの盗難にあった人間が『内部生』、或いは『君たちのクラスメイト』に偏っていると言うリスト。君たちがあの日、二十時過ぎに図書館にいたのは、俺自身も証言出来るし、図書館の監視カメラにもこの会議室にいる君たちの姿が映ってる。後は、これが『嫌がらせ』だという根拠もそれなりにある。君たちが何を考えたのか『二重尾行』を掛けてたってことだ。君たちは遠藤が強く拒否しないのを良い事に、平家を追いかけさせた上で、その遠藤を尾行して、平家と遠藤の両方を付け回して、平家が怯える様子と、それを快く思っていない遠藤が事件の発覚を恐れている姿を見て、楽しんでたんだろうね。そして、遠藤が振り切られたら、自分たちが続きを行うつもりでいたんだろ?……そうそう、上履きの方は、例えばこういう写真もある」
祐一はテーブルに、三枚の写真を放り投げる。
根こそぎ持ち出したと思われるポリ袋が、焼却炉に投げ入れられる場面の連続写真。
クリンナップされた写真には、間違いなく本橋と沖田、小林の三人が写っている。
「先刻も言ったし、知ってると思うが、この図書館はもちろん、学園の構内にはあちこちにカメラが設置されている。夜だと思って安心していたのかも知れないけれど、パソコンでクリンナップすればこの通りだ。遠藤君の姿が見当たらないけど、君はこの頃、俺への伝言を書かされている最中だったのかな?二重尾行の件も加味して考えれば、つまり、主犯は本橋と沖田、小林の三人で、遠藤君は利用されてたということになるね。ことが発覚しても、『付け回しているのは遠藤の仕業』ってことで片付けるつもりだったのかい?」
「「「なっ!!」」」
本橋、沖田、小林の声が重なる。
声の調子から見ても、かなりいい線を突いていたらしい。
「……友達は選んだ方がいいな、遠藤君」
祐一の言葉に、遠藤はオドオドした表情のまま、伏し目がちに俯いたまま、言葉を絞り出す。
「でも、彼らに完全に非があるわけでは……」
「そうだよ!元はと言えばあいつらが、人の気持ちを踏みにじるような真似したのが悪いんじゃないか!」
本橋が、遠藤の言葉を遮るように続ける。
沖田が気まずそうに、祐一の方を見た。
「藤井くん、君は俺たちのことを悪し様に言うけれど、これはひとつの報復でもある。原因があちらに有ることも理解してくれないか」
「本橋が意を決して尾形に告白したのを、尾形がペラペラと平家に話して、平家を通じて断るような真似したのが原因だ。或る意味これは正当な話じゃないか?」
沖田の言葉を受けて小林が更に付け加える。
小林の言葉と口調を聞いて、祐一は鼻で笑った。
『原因を敵に押し付けて、疑問を呈する事で相手に考えさせ、思考の混乱の内に主導権を握る』というのは、テロリストのリーダーや扇動者、詐欺師にも見られる、特有の自己正当化の手法だ。
先程の韜晦振りといい、そういう資質が、小林には有るのかも知れない。
それよりも、小林の言った『報復の事情』の話の方が、祐一の気を引いていた。
(なるほど、平家が『時間が欲しい』と言っていた『事情』は、この辺りか)
恐らく、これに似たような事例が今までに何度も有るのだろう。
祐一は、それに符合するような発言の数々から、確信を得ていた。
やはりこの話、本橋達の話を片付ければ済む話ではないらしい。
「……いやはや、子供の喧嘩は戦争の縮図とはよく言ったものだな」
「何を言ってる?」
祐一の言葉を、『気に入らない』という風に聞いていた小林が、祐一を睨みつける。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一 作家名:辻原貴之