アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一
侵入部員勧誘の波を乗り越えてバスに並ぶと、凡そ歩いた方がよっぽど自宅に着くのが早そうなくらい待たされた挙句、超満員の状態で二人はぎりぎり、バスの先頭の位置に乗り込むことが出来た。
平田はテンションが上がっているのか、一人暮らしの祐一に良かれと思ったのか、その待ち時間の間、ひたすら『商店街のこの店がいい』とか『あの店のメンチカツは超巨大だが、巨大すぎて火が通ってない時がある』とか、地元っ子らしく商店街に並ぶ店の解説をしてくれた。
祐一も、流石に今後の生活のこともあるのでその話にはしっかり食いつき、帰りにはオススメのスーパー数件の場所を教えてもらうことになった。
あくまで平田の主観で(というか、正確には平田の母親の主観だろう)は有るが、野菜のいい店と魚のいい店、肉のいい店、ドリンク類やカップ麺の安い店は各々別にあるらしい。
真正面が見えるという偶然のお陰で、『バスに乗りながら殆どの店を教えられる』という話だったので、楽しみにしていると、それより先にバスが通りかかった風景に圧倒された。
桜吹雪。
前日の天気の影響とこの数日の寒暖差の影響で、早咲きとなった桜が、風に煽られて鮮やかに散っていく。
バスの正面ワイドヴューでの、散りそめの桜鑑賞だ。
『おぉ〜』
前方に居並ぶ数人(それは祐一自身もだったが)から、思わず感嘆の声が漏れた。
恐らく声を上げた全員が、初めて見る風景だったろうと断言出来るような、素直な感動の現れた声だった。
「藤井っち〜!!」
平田がニカっと笑いながら、桜に見とれる祐一の背中を叩いた。
「ラッキーだぜ、こんな特等席でこの風景が見られるなんて!『私立桜丘学園』へようこそ、藤井っち!」
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一 作家名:辻原貴之