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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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夜の隙間に



『で、その相手をボコろうってか?相変わらず熱血だね、ユウ』
 通話先のジェニオはニヤニヤと笑う顔が見えてきそうなほどご機嫌だった。
「煩い。お前は『仕事』をしっかりしろ」
 祐一は右手と右耳で携帯の電波を拾う機械を弄りつつ、左ではジェニオとの会話用のヘッドセットを聞いている。
『終わってるよ。お前の学校の理事には既に世論という形と、裏事情を雑誌社にリークする形で圧力を掛けた。商店街でも応援があるんだろう?そっちへも噂が流れるようにしてある。じわじわと効いてくるはずだ。所定の口座にこの件に関しての『署名』と、『有志による支援金』を出す用意も出来てる。『支援金が出るという噂があるよ』と理事へも流したから、理事への根回しも、或る意味順調。後は本人さえその気になれば、お前の要望通りになる日も遠くはあるまいよ』
「そうか。後は『桑原元コーチが真っ黒な事件を起こした』ってアクセサリーで飾れば、完璧ってわけだ」
『まぁ、やっちゃったことは事実だしね。同情の余地はないさ。とはいえ、警察さんが乗り込んで来るまではどうなるかね』
「警察より、俺の方が早い」
『おや、意外とご執心だ。ユウ、目立ちたくないんじゃないの、今のお前の立場としては?』
「煩い。話が変わったんだ。…人数の確定は?」
 目立ちたくはない。
 だが、このままムザムザと見ているわけにも行かなくなった。
 このままでは『普通の高校生』として振舞う分、発見が遅れてしまう。
 それが生み出す『手遅れ』は、祐一が予想している通りなら計り知れない。
『無茶いうな。お前が勝手にしろ。俺は今、言えない場所にいる』
「なら、推薦を取り消された人数を言え」
『メールに書いてあるだろう、粗忽者め。八人だ。団体戦の代表五人に、各階級の個人戦代表が三人』
「プラス桑原で九人か」
『折角裏から手を回してやった上に情報まで集めたんだ、ちゃんとメール読めよ』
「読んでるよ、今。…『拳銃所持の疑いアリ』ってなんだよ?」
『上野でそういう売買をしてる連中が、それらしき奴に売ったそうだ。古風なことにトカレフだそうだ。売った奴はもう沈んだ。あの手の職業の人間にとっても、大きなニュースになるような犯罪者に売るのはその後の集団摘発の材料にされかねないからな。奴は元々格闘技の世界でもきな臭い話があったらしいし、ジャパニーズヤクザも要警戒だったみたいだよん』
「よん…って」
『あぁ、スマン。今お前が送ってくれた『マジカルななか』見てるから』
「真面目に仕事する気ないんだろ、お前」
 重度のJ-ANIME-OTAKUであるところのジェニオは、この局面でも最新作のチェックに余念が無いようだった。
『稼がせてもらったからさー、次の依頼が有るまではこうしてるつもり。でも、『トランスレイター』のお陰で『二人組』での名前が売れちゃったから、一人じゃ暫く来ないかもなー、依頼』
「日本国内のルートを俺に吐き出してその場で死ねよ、ジェニオ」
 どこまで本気なのか分からない態度に、祐一は思い切り悪態をついた。
 そもそも、祐一の個人資産でさえ米ドルにして億を超えるのだから、本気ならばジェニオは人生においてもう二度と仕事をする必要など無い。
 ジェニオが動いているのは己の抱えた業とトラウマを晴らし、波紋に満ちている湖面を囲んで抑える『枠』となるためであって、金のためではないのだ。
 その対価として金を得ているのは、寧ろ『武器を作る金を少しでも削ぐ』という目的の一端のためだ。
 取るところからは大きくとり、取れないところからは小さく取る。
 それがジェニオのモットーだった。
 つまり今のは、悪質な冗談だ。
『まぁ、そのへんは追々な…。考えてはいるさ。で、やっぱりやる気なんだな?』
「乗りかかった船だ。他人にも動いてもらっている以上、俺は払った金の分だけ、好きにさせてもらう」
『かーっ、やっぱ、頭やっちゃった奴は違うね。警察にお願いするのが一番早いのに』
「警察に行く罪もしっかり担ってもらうさ。それより先にふざけた真似をしないように、手を打つだけだ」
 その上で、連中が悪辣な行為に走る前に、兄弟全員を助け出すつもりでいた。
 そちらに関しては、もしかすると既に手遅れかもしれないのだ。
(妹や弟に手を出したしな…)
 相手は健が嫌がるやり方をよく知っている。
 その事が余計に、祐一の明日香や遥、優への心配を助長させるのだ。
 祐一はジェニオと会話しながら、もう片方の耳では携帯の通話を中継局から抜き取って次々に確認している。
 後は、一本それらしき場所から掛ける電話が有ればいい。
 警察が自分の部屋に来る前にスタートできれば、恐らく祐一の勝ちだ。
 祐一が次々と通話状況をザッピングさせる。
 会話をしながらも集中力は途切れさせず、別々の作業を完璧に行う。
 その上で、着替えを始めた。
 一見普通の箪笥の、引き出しの奥や裏、二重底に隠してある『仕事道具』の準備だ。
『…お友達とご兄弟の命、まだあるといいな』
「ジェニオ、よせ。俺はまだ諦めてない」
 命が助かればいいという話ばかりではない。
 日本のような『進んだ社会』の現代事情では、それ以上に心が傷つく場合が数えきれないくらいある。
 可能な限り、それも守らなければ、約束を果たしたことにはならない。
 今までしてきた『仕事』に比べれば酷くしみったれた、小さな『仕事』だが、祐一の目に入った以上は全うする意志が祐一には有った。
『平和ボケか?人質になってから既に一日。復讐の対象が直接やってくるなら、余程のアホでなければもう命はない』
「いや、連中は素人だが、あいつが一番嫌がる方法をよく理解している。健を引っ張りまわすだけ引っ張りまわしているやり口から考えても、嬲るだけ嬲ってから処断を下す気でいる。平田を監視しているのかもしれないが、本物のようなやり方や覚悟は知らない。下調べもリスクも考えていない、日本人の感性だ」
『…かもな。そんなユウに朗報。別働隊が平田くんとやらの目撃情報を掴んだ。現地時間で十八時頃、公園を走っているところを目撃されている』
「警察情報?」
『うんにゃ、独自。警察にもリークしている可能性は有るけどな。良かったじゃないの、僅か一時間前には、お前の友達は生きてる。それが解っただけでもお前の予測通り進む可能性が出てきた』
「…ちょっと待て」
 その瞬間、携帯の状況をザッピングしているものの中から、祐一はそれらしき状況の通話を捕まえた。

『おお、菅野か。そろそろ始めるから、お前、はちみつ買ってこい』
『はちみつっすか?桑原さん、何するつもりです?』
『遊びだよ、あそび。ガキとは言え女だ。こいつの前で嬲ってやりゃ良い復讐になるぜ』
『…桑原さん、まさかアンタ!?』
『アンタとはなんだ、このクソガキが!テメエが代わんならいつでもコイツと取り替えてぶっ殺してやるぞ!!さっさとしろグズが!!』

 それっきり、通話が切れる。
 しかし、祐一が繋いでいる別のモニターには、はっきりと通話同士の場所が記録されていた。
『…捕まえたか?』
「あぁ、…予想より遥かにマシな状況だが、時間がある訳でもない事が分かった」
 不安が的中した。