アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一
祐一はカレーの最後の一口を咀嚼すると、飲み込んだ。
「…話は、それだけ?」
「あぁ、頼む」
池本に確認すると、空手部の面々は一斉に頭を下げた。
「…保留でいい?今は決められない。理由は三つ有る」
「三つ?」
「一つ。何が有ったかは訊かないが、いまだに口止めされて言えないってことは教師か理事から圧力が掛かってるってことだ。或いは、事件が起こったとき、私立なのを良い事に他言しない旨の誓約書を書いたな?そんな事情を相手に、無理に平田に滝川さんの話を聞かせることの意味が俺には理解できない。貴方達は戻ってこいって言うけど、『上』は納得してるのかな?」
祐一はカレーのトレイを片付けながら、水を飲む。
祐一の水を飲む音と同時に、何人かが唾液を飲み込む音が聞こえた。
「二つ。滝川さん達の事情は解ったけど、それはアンタたちの都合だ。平田には平田の都合があるんだと思う。ホントに戻る気があるのなら、あそこで話を聞かないわけがない。それが理解出来るまで、俺はこの件を承諾する気はない。でないと、滝川さん達もまた、俺という『数少ない足掛かり』を失うことになるだろ?現状平田が話を聞きそうな相手がホントに俺だけなら、それを失うのは滝川さん達にとっても損にしかならないし、それじゃ交渉にならない」
空になったコップをトレイに置いて、祐一は立ち上がった。
「…あ、オイ!三つ目は?」
トレイ置き場へ向かう祐一に、池本が訊ねる。
最後のはこちらの事情なので言うまでもないと思っていたが、訊かれたことも有って祐一は振り返る。
「あぁ、俺はまだ食い足りない。こないだ隣の部屋の人がおすそ分けで用意してくれたカレーをうっかり食い損ねたんで、今日は意を決してカレーを頼んだんだが、全然足りない。燃費悪いんだよね、俺。大盛りでお代わりを貰って、食ってから改めて考える」
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一 作家名:辻原貴之