Paff(仮)
朝倉さんが怪訝そうに尋ねてきた。僕はハッとして彼女の顔から視線を移す。あんまりびっくりして思わず朝倉さんの顔を凝視してしまっていた。
「・・・あ、いや、ごめん」
どうやらこの転校生は、教室にいる間ずっとネコを被っていたようだ。2人きりになった途端にこんな饒舌になるなんて。不機嫌そうなのは変わらないけど。
「・・・ふん。どうせわたしのパンツのこと考えてたんでしょ。この変態のぞき魔」
「バッ・・・そ、そんなこと考えるわけない!」
「どうだか。ほら、さっさと食事を済ませるわよ。あんまり長くしてたら、また変な噂がたっちゃうじゃない。あんたと知り合いなんて、さっき教室で全否定してやってもよかったんだから」
「そんなの、僕だって願い下げだよ!」
そう言うと、僕たちはガツガツとパンと飲み物を平らげていった。
♪
足に固い感触があり、ヒカリは眠っているような気分から覚め、さっきまでの光と風がいつの間にかなくなっていることに気づいた。ヒカリは、そーっと目を開ける。
「あれっ?」
そこはさっきまでいた洞窟ではなく、住宅街の薄暗い道のど真ん中だった。ヒカリのすぐ右には鞄が落ちていて、左には雑木林の中の道に停めておいた相棒がしっかりスタンドで立っていた。
目の前の一軒家を見上げると、なんだか見覚えのある三角屋根の二階建て。そしてその家の表札に「高良」と書いてあるのを見て、ヒカリはようやくここが自分の家の前だということを理解した。仲介者の魔法でここまで飛ばされたのだろう。この数時間ですっかり非現実的な事に頭が柔らかくなったヒカリだった。
『明日の正午、また洞窟で会いましょう』
仲介者の声が頭の中で響いた。ヒカリは周囲を見渡したが、彼女の姿を確認することはできなかった。
「明日の正午ね、わかった」
彼女に聞こえているかわからないけど、ヒカリは彼女に向かって言った。明日は土曜日だから学校は休みだ。ヒカリはカバンを相棒のカゴに入れ、家の塀の内側に運んだ。
「ただいまぁー」
玄関の扉を開けながらそう言うと、疲れがドッとやってきた。
玄関の一段上がったところに腰掛けて靴を脱いでいると、パタパタとスリッパで歩く音が近づいてきた。
「おかえりなさい。今日もマヤちゃんとおでかけ?」
「ううん。マヤは生徒会の仕事があるから、わたしは先に帰ったの。だけど天気がよかったから川の方へサイクリングに行ってきたんだ」
洞窟やドラゴンのことも言おうか迷ったけど、秘密にしておいたほうが良さそうなので代わりに、
「今日は疲れたっ。夜ごはんはなに?」
と言ってリビングのドアを開けた。すると、ヒカリの大好きな香りが鼻をくすぐった。
「こ、このにおいは・・・!」
「今夜のごはんは、ヒカリちゃんの大好きなロールキャベツでーす」
「やたーっ!」
ヒカリはカバンを放り投げると洗面所へダッシュ。大急ぎで手を洗ってうがいをした。リビングに戻るともう食事の準備ができていて、テーブルの上でロールキャベツを筆頭に今夜のおかず達とご飯&お味噌汁がヒカリを待ち構えていた。
「母さん、早く早くっ」
椅子に座ったヒカリは、まだキッチンにいる母さんに言った。
「はいはい。いま行きますよ~」
エプロンを脱ぎつつペタペタとリビングにやって来る母さんが待ちきれず、ヒカリはお箸を構えていつでも食事をスタートできるように準備する。
「はい。お待たせしました」
「いただきま~す!」
ヒカリは母さんがヒカリの前に座ったのと同時に食べ始めた。まずはロールキャベツに取りかかる。お箸で半分に切って口に運び、モグモグと大切に味わう。
「っ!」
ヒカリはうつむき、ぷるぷると全身を震わせた。
「どう?」
母さんが嬉しそうな顔で聞いてきた。
「・・・お・・・お・・・」
「お?」
「おいしーぃ!」
瞳に星を宿らせ、ヒカリは叫んだ。
「やっぱり母さんのロールキャベツサイコー!母さん大好きっ」
「もう、大げさね」
フフフッと母さんは嬉しそうに笑い、母さんも食事を始めた。ヒカリはというと、今夜のメニューを通常の3倍の速さで平らげていく。
「もっとゆっくり食べなさいよ」
「だっておいしいんだもん。おかわりっ!」
「早っ!」
♪
厳密にいうと、お昼ご飯をガツガツ平らげていったのは僕だけで、朝倉さんはというと、なんと言うか、もふもふという感じだった。彼女はあまり口が大きくないようで、パクパクとサンドイッチを食べる姿は小動物的な可愛らしさがあった。僕は朝倉さんより早く食事が済んだので、残った烏龍茶をすすりながらそんなことを考えていた。
「・・・なに見てるのよ」
僕の視線に気づいたのか、最後のミルクティーを片付けていた朝倉さんが、その大きな目でギロリと睨んできた。
「べ、べつに変なことなんて考えてないよ!」
「変なことって何よ・・・」
「うっ・・・」
「ほら、考えてたんじゃない。この変態」
「ご、誤解だよ!」
「アナタ、授業中にもわたしの顔をチラチラ見てたでしょ?気づかないとでも思った?」
「そ、それは・・・」
たしかに、見ていた。朝倉さんの大きな目にかかる長い睫毛だとか、よく似合っている短い髪の隙間から見えるうなじとかを。正直、見惚れていた。
「この変態!もう先生に言って席替えてもらうから!」
「ちょっと待って、誤解だよ!可愛いなあって思ってただけだよ!・・・あ」
やばい、勢いで口が滑ってしまった。僕は自分の顔がみるみる熱くなっていくのを感じた。
「・・・・・・」
朝倉さんはというと、すでに顔がゆでダコみたいになっていた。ブルブルと体が震えている。
「あ、朝倉さん・・・?」
「バカ!」
「ぶっ」
思いっきり顔を平手打ちにされた。目の前をチカチカしたものが飛び交う。
「もういい!教室帰る!」
朝倉さんはゴミを入れた袋を持って立ち上がると、ズカズカと扉の方へと向かって行った。
「待って、案内するよ!」
クラクラする頭をどうにか抑えて言った僕の呼びかけを、
「それくらいわかる!バカ!」
朝倉さんは一刀両断した。
怒った朝倉さんが扉まで半分くらいの距離を歩くと、扉が大きな音をたてて開き、校舎の中から複数の男子生徒が出できた。
「あれぇ。彼女、転校生~?セーラー服なんて珍しいねぇ」
まずい。あれは3年の不良グループだ。リーダー格の1人がそう言うと、後ろから子分の4人が出てきて、朝倉さんの前に立ちふさがった。
「どう?こらからオレ等と遊ばない?」
「・・・・・・」
「なんか言いなよ~。もしかして、オレたちがイケメン過ぎて緊張しちゃってるの?」
彼がそう言うと、子分の4人が一斉に笑った。イケメンとは程遠い顔だと、誰もツッコんだりはしない。
「・・・・・・」
朝倉さんは何も言わず、一歩も動かない。
「おい、なんか言えよ」
痺れを切らしたリーダーが朝倉さんの肩に触ろうとした瞬間、
「おりゃあ!」