Paff(仮)
仲介者が一瞬、顔をほころばせた。彼女が笑うとは思っていなかったヒカリは驚いて、彼女の顔に見惚れてしまった。
「・・・どうしたの?」
見つめるヒカリを不思議に思ったのか、仲介者は訊ねてきた。その顔は、さっきまでの無表情に戻っていた。
「な、なんでもない。で、私はなにをすればいいの?」
なんだか恥ずかしくなって、ヒカリは話をそらすためにそう言った。やると決めてもヒカリには自分がなにをすればいいかわかってなかったし、具体的な説明すらされてない。
「その話は明日にしましょう。今日はもうすっかり夜になってしまったから」
「えっ?」
ヒカリはケータイを取り出して時間を見た。なんと、もう6時を回っていた。これから帰ったら、家に着くのはだいぶ遅い時間になってしまう。
「やばいっ。母さんに怒鳴られるっ」
ヒカリは慌てて立ち上がったが、
「大丈夫・・・」
という仲介者の言葉に動きを止めた。大丈夫って、なにが大丈夫なのだろうか?
「・・・・・・」
仲介者が小さな声で何かを呟く。するとヒカリの足元から風と光が吹き出し、球体となってヒカリを包み込んだ。まぶしい光が、ヒカリの視界を覆い尽くす。
「うわぁ!」
「心配しないで・・・光に身を任せるの」
どこからともなく仲介者の声が聞こえてきた。ヒカリは光の球体の中で吹く風にもみくちゃにされ、彼女の言う通りにするしかなく目を閉じて体の力を抜いた。
光は次第に強くなり、まぶたの裏からでもそれがわかった。暖かい風が気持ちよく、ヒカリはだんだんと眠るときのように気が遠くなるのを感じた。
♪
ようやく4時限目終了のチャイムが鳴った時には、僕は心身ともに疲れ果てていた。女子に教科書を見せながら授業を受けるのがこんなに疲れるのもだったなんて。これがまるっきり初対面の女子にならまだいいのだけれど、あんなことがあった後にするのはかなりキツかった。
ずっと不機嫌そうだったけど真剣に授業に取り組んでいた朝倉さんは今、筆記用具やノートを鞄にしまっていた。そういえば、朝倉さんはお昼ご飯はどうするのだろう?僕は意を決して、朝倉さんに声をかけることにした。
「・・・あの」
「ねえ朝倉さん、お昼はわたしたちと一緒に食べない?」
僕が声をかけようとした横から、数人の女子が朝倉さんに話しかけてきた。ホームルーム直後の質問コーナーで、1番声が大きかったグループだ。
「うん、いいよ。でもわたし、お弁当持ってきてないの。この学校には購買があるって聞いてたから」
「そうなんだぁ。じゃあわたしたちと一緒に行こうよ。ついでに少し学校の案内もしてあげる!」
これでこの気まずい雰囲気も終わりだな。と僕が胸をなでおろしていると、
「ちょっと待ったぁ!」
さっきまで沈黙を守っていたマサムネが急に大声を出した。クラス中の視線がマサムネに集中する。マサムネは僕を指さして、
「みんな、朝のホームルームを見ただろ?朝倉さんとコイツは知り合いのようだから、学校の案内はまずコイツに任せよう。そのほうが、朝倉さんも気兼ねしなくていいだろ」
こいつは何を言っているんだ?せっかくこの苦痛から解放されると思っていたのに、変な気を使ってんじゃねえよ。こんなことを思いながら朝倉さんを見ると、彼女も同じようなことを考えているようだった。かなり嫌そうな表情をしている。
クラスメイトはマサムネの提案を聞くと勝手に納得したようで、それはそうねわたしたちの出る幕じゃなかったわ。あとは若い二人に任せるとしましょう。と意味不明のセリフを言うと僕たちを残してそれぞれの昼休みへと向かって行った。
「・・・・・・」
僕が呆然としていると、マサムネが僕の肩をたたき、親指を立てながら、
「グッドラック☆」
とつぶやいて去って行った。・・・どうやらあとで殴っておく必要があるみたいだ。しかし、こうなっては仕方ない。とりあえず朝倉さんを購買まで連れて行かなければ。僕も購買で食料を買わなきゃいけないし。
「・・・・・・」
恐る恐る朝倉さんに目をやると、彼女はまたもギロリと僕を睨んでいた。僕は引きつった満面の笑みで、できるだけ穏やかな声で言った。
「・・・じゃあ、とりあえず購買に行こうか」
購買についた時には昼休みが始まってすでに5分以上が経っており、人気のある食品はほとんど売り切れていた。休み時間開始直後に始まる生徒による争奪戦はすでに終わっていて、僕たちは完全に出遅れてしまっていた。僕は残っていたアンパンと焼きそばパンとパックの烏龍茶を買って、購買のおじさんからお釣りを受け取った。朝倉さんは充分に時間をかけて選んだあと、サンドイッチ2つとミルクティーを購入していた。
「じゃあ、教室に戻ろうか」
「・・・・・・」
朝倉さんはうつむいて、何かを言いたげな様子だった。
「?どうかした?」
「・・・・・・なさい」
「なに?もう1回言って」
「ひと気のない所に連れていきなさいって言ったの!」
なんでこんなすぐに怒るのかな。この人は・・・。それにしたってなんでひと気のない所に行きたいんだろう?まあいいけど。
「・・・じゃあ屋上に行ってみようか。この時期ならまだ屋上に出てる人はいないと思うから」
「・・・うん」
「じゃあ行こう。この棟の屋上でいいよね。そのほうが教室から近いし。こっちだよ」
と言って、僕は屋上につながる階段に向かった。朝倉さんは何も言わずについてくる。相変わらずうつむいて、機嫌が悪そうだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
き、きまずい。なんで何もしゃべらないんだ?すれ違う生徒たちが、物珍しそうな視線を向けてくる。違う制服を着た不機嫌そうな女子と、まるで通夜のように黙って歩いている男子。よく考えたら、こんなの滅多に見られるものじゃない。屋上に向かう階段が、永遠に続くような気さえした。
ようやく屋上に着いた。重い扉を開けると、ギイっと大きな音がした。思った通り、屋上には誰一人としていない。少し肌寒いが、日差しのおかげで凍えるほどじゃない。僕たちは日がさしている校庭側のフェンスへと歩き出した。僕たちの後ろで、ガタンと立てつけの悪い扉が閉まる。
「はあ疲れた。この学校の人たちって、そんなに転校生が珍しいのかしら」
「けっこう田舎だからねえ、ここ。転校生が来るなんて滅多にあることじゃないし」
・・・あれ?
「それにしたって異常なくらいよ。わたし、何回も転校してるけど、こんなにグイグイ来る学校は初めて。自己紹介の後ならともかく、授業の合間にも毎回ひとだかりができたら、こっちの身が持たないわよ」
「・・・・・・」
「あぁお腹すいた。さっさと食べて教室に戻るわよ。あんたなんかと昼休みの間ずっと一緒にいるなんてゴメンよ。それにしたってシケた購買ね。こんなのしか残ってないなんて」
「・・・・・・」
「なによ?わたしの顔になんかついてる?」