Paff(仮)
彼女は教壇のすぐ横まで歩くと、クルリと体を前へ、みんなの方へと向けた。それにしたがって、彼女の短い髪もふわりと揺れる。その瞬間、僕の頭の中で青と白の縞々がフラッシュバックした。
「あーーっ!」
それに気づいたとき、僕は思わずガタガタと大きな音をたてて立ち上がっていた。ワナワナと、体が震える。言葉にならない声が口から漏れる。
「あ・・・あ・・・」
見覚えどころではない。転校生とは、今朝、僕を「パンツ覗き魔」と呼んだあの女の子だったのだ。ついほんの数分前、僕らは出会っていた、というより衝突していたのである。
教室中の視線が僕に集まる。最初はクラスメイトと同じように驚いて僕を見ていた彼女は、しばらく僕を見つめたあと、ハッと何かに気づいたような顔をして、
「あーーーーーーーーーーーっ!」
たぶんその時、校舎が揺れたと思う。その声はさっきの僕の叫び声とは比べ物にならないくらい大きく、教室の窓ガラスがビリビリと震えるほどだった。
「「・・・・・・」」
しばらく、僕たちは見つめ合っていた。奇跡の再会にお互い言葉が出ない。
「えっと・・・」
先生がひどく困惑した様子で口を開いた。
「二人は、知り合いなのか?」
「あっ、い、いえ・・・」
彼女は我に帰ると、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。僕も先生の声で我に帰り、ゆっくりと腰を下ろした。マサムネが不審そうな顔で僕を見ている。
「じ、じゃあ自己紹介を頼む」
場を取り直すように、先生が彼女に指示した。
「は、はいっ!」
彼女は元気に返事をすると、チョークを持ち、大きく字を書き始めた。その動作はいたって自然で、こういうシチュエーションには慣れているように感じられた。
「朝倉ユイです。よろしくっ!」
彼女、朝倉ユイは自分の名前を書き終えると、ペコリと勢いよくお辞儀をした。自然と教室中から拍手が沸き起こる。それまで心ここにあらずだった僕も、つられて拍手をした。
「みんな、仲良くやってくれよ。じゃあ朝倉、お前の席はあそこ。窓側から2列目の一番うしろだ」
え、嘘だろ?僕は心の中で叫ぶ。僕の席は窓側の列の一番後ろだ。いま先生が指示した席は、まさしく僕の隣の席である。彼女もそれに気づいたようで、一瞬だけ嫌そうな顔をしたのを僕は見逃さなかった。彼女は何事もなかったかのような表情で教壇を降り、黙々と自分の席、すなわち僕の隣の席へと歩き出す。朝倉さんは絶対に僕と目を合わせる気はないようで、その間ずっと下を向いていた。彼女の顔を見ていると、今朝見た青と白のコントラストがまた頭に浮かぶ。ぶんぶんと頭を振り、どうにかそれを頭の中から消す。
「朝倉はこっちに越してきて間もないから、みんなで手助けしてあげてくれ」
先生がそう言うと「はーい」とクラスメイトたちが返事をした。僕は椅子を引いて座ろうとしている朝倉さんに、精いっぱいの勇気を振り絞って声をかけた。
「あ、あの、朝倉さん。これからよろしく」
「!」
朝倉さんは驚いたような顔をした。このタイミングで話しかれられるとは思ってなかったのだろう。けどそれは一瞬で、今度はギロリと睨まれた。
「・・・・・・」
「・・・あは、はは」
「・・・フンッ」
朝倉さんはは鼻を鳴らし、ぷいっと首を振って着席した。うう。僕が何をしたっていうんだ。・・・パンツ見たけど。
「それから、隣の男子!」
「は、はいっ」
新学期の初日に、名前覚えが悪いと自分で公言していた先生は僕の名前をまだ覚えていないようで、僕のことを指さして大声で言った。僕はまさか自分が呼ばれるとは思っていなかったので、驚いて立ち上がった。な、なんだ?
「朝倉はまだ教科書が揃っていないから、しばらくの間、隣の席のお前が見せてあげてくれ。いいなっ?」
「は、はい!・・・・・・って、えぇ?」
先生の言葉の意味が飲み込めず、聞きなおそうとしたちょうどその時、ホームルーム終了のチャイムが鳴った。
「おっと、もうこんな時間か。一時限目は国語だから教室の移動はないからな。さっそく頼むぞっ」
担任はそう言うと、黒い出席簿を手に取りスタスタと教室を出て行った。
「ち、ちょっと!先生っ」
先生を呼び止めようとしたけど時すでに遅し、先生の姿が見えなくなると同時に開始されたクラスの女子による「転校生にいろいろ質問しちゃおう!のコーナー」のざわめきに、僕の声はかき消されてしまった。
「ねぇねぇ朝倉さんっ。前に住んでいた所はどういう所なの?」
「え、えっと・・・」
「朝倉さんのご両親って、どんなお仕事をしているの?」
「あ、あの・・・」
「好きな俳優とかっている?」
「え、えぇ?」
「そうだ放課後みんなで校舎の案内をしてあげようよ!」
「さんせーいっ!」
「・・・・・・」
答える間もないくらいにばら撒かれる質問攻めに、朝倉さんはたじろいで顔を真っ赤にしている。
そのとき僕は何をしていたかというと、残るクラスの男子による取調べのまっ最中だった。
「おいテメェ、どういうことだ!」
「ど、どういうことって・・・?」
「お前にあんなかわいい知り合いがいたなんて!」
「べ、別に知り合いってわけでは・・・」
「どういう関係だ!紹介しろ!」
「そんなこと言われても・・・」
「もしや、もうあんなことやこんなことを・・・」
「なにぃ?あんなことやこんなことだと?」
「テメェこの野郎っ。廊下出ろっ!」
「や、やめてーっ」
ついさっきぶつかってパンツを見た仲だ、なんて言えるわけがない。そうして中途半端な返事ばかりしていたら、それがいけなかったようだ。益荒男たちの妄想はあらぬ方向へ、どんどんと加速度的に膨らんでいく。助けを乞おうと前の席を見たら、親友のマサムネは全てを間違った方向へ悟ったらしく、再び頭を抱えて机と睨めっこしている。おい、お前が思っているほど、この状況はおいしいものじゃないぞ。
この状況を救ってくれたのは、教室に入ってきた国語の先生だった。
「なんだなんだ?ずいぶん騒がしいな。おーい。授業を始めるぞ」
♪
「痛ったたたたぁ・・・」
土と枯れ草まみれで地面に寝転がっているヒカリは、自分に何が起きたのか理解できていなかった。
「なんなのようっ」
そう言って立ち上がり、うしろに振り返る。
「げっ」
そこは、壁だった。高さ2メートルくらいの土の壁が、ヒカリの視界を埋めている。
月に見惚れて前を見ていなかったヒカリは、道がすぐ前でなくなっていることに気づかずに歩を進め、結果この壁(坂と言うには傾斜が急すぎる)を転がり落ちてしまったのだ。
ヒカリが落ちたその場所は、一面土の壁に囲まれた、底が直径15メートルくらいの巨大なお椀のような所だった。キレイな円形で、自然が作り出したとは思えない。
ヒカリはこの巨大な落とし穴をよく見ようと、周りをぐるりと見渡した。すると、さらに不自然なものが目に飛び込んできた。