Paff(仮)
「そしてあなたは現実に絶望し、魔法を使って夢の世界に逃げ出した。決して傷つくことの無い世界へ。だけど、もういいんじゃない?もう充分楽しんだでしょう?」
頭の上から、彼女は声をかけてくる。その何でも知っているかのような口調に、僕は腹が立った。
「・・・・・・お前に・・・」
頭痛を堪えながらの言葉は、彼女には届かなかった。
「え?なに?」
僕は歯を食いしばって顔を上げ、この怒りをぶつけた。
「お前に何がわかるっ!お前に僕の・・・この気持ちの、何がわかるって言うんだっ!」
しかし彼女は、冷たい目でこう言った。
「・・・君の気持ちなんてわかるわけない。君みたいな、少し嫌なことがあったくらいで現実から逃げちゃうような、弱いヤツの気持ちなんてね」
「・・・なんだって?」
僕はその冷たい目が嫌いだ。そうやってみんな、僕を突き放すんだ。
「だってそうでしょ?生きてさえいれば、いつかまた楽しいことがあるかもしれない。それでも辛い事しかないなら、自分から楽しいことを見つけに行けばいいじゃん。だけど君は、その可能性も自分でゼロにしちゃったんだよ?やっぱり、君は間違ってるよ」
「・・・・・・」
けれど、彼女の視線は次第に暖かいものに変わっていった。それを感じると僕は何も言えなくなり、床に視線を落とす。
「たとえ雨が降っている日でも、明日は必ず晴れる、きっときれいな青空が見えるって思いながらがんばるんだよ。晴れの日はたくさん笑って、雨の日は歯を食いしばって耐える。止まない雨は無いんだから」
そうなのかもしれない。だけど、僕の心はもう打ち砕かれてしまったのだ。僕にはジャッキーしかいなかったんだ。
「僕にはジャッキーしかなかったんだ。ジャッキーが僕の全てだった。なのにジャッキーは遠くへ行ってしまった。僕の知らない人と一緒に」
僕はもう彼女ではなく、ジャッキーに向かって叫んでいた。
「ジャッキーは、ジャッキーは僕を裏切ったんだっ!・・・もう、僕には向こうの世界には何も無い。ジャッキーも、他の人間も信じられない。また同じ思いをするんだったら、ずっと夢を見ているほうがいい!」
バッチーン!
左の頬に強い衝撃が走る。いつの間にかしゃがんだ彼女が、僕の顔を殴ったのだった。
「バッカじゃないの?そんなね、誰かと駆け落ちするような友達なんて、こっちから願い下げだよ!あんたも、いつまでもくよくよしてないでシャキッとしなさいっ。男でしょうがっ!」
彼女は目を吊り上げ言った。しかし、それでも僕の心は動かない。とっくの昔から、僕の心は凍り付いてしまっているのだ。
「・・・だって、もう嫌なんだよ。裏切られるのも、みんなから拒絶されるのも・・・」
もう堪えることができなかった。僕は嗚咽を漏らし、目からはポタポタと涙がこぼれた。長い沈黙が、僕たちを包む。
「・・・私がいる」
先に沈黙を破ったのは、彼女の声だった。
「えっ?」
「これからは、私がいる。私があなたの友達になってあげる」
「え・・・で、でも・・・」
また同じようなことがあるかもしれない。それなら、この世界にいた方がいいに決まってる。
「いつまでもグチグチ言ってるんじゃないっ。わたしに黙ってついてくればいいのよ」
「・・・・・・」
けれど彼女は、僕にそんなことを考える暇を与えない。ついてくればいいと、彼女は言った。
「さあ、わたしと一緒にここから出よう。現実の世界へ」
彼女は右手を差し出してきた。彼女の顔を見ると、優しい顔で僕が手を伸ばすのを待っていた。何か暖かいものが、僕の心を溶かしていくのが感じられた。
「・・・うん」
僕も右手を伸ばす。二人の手が触れ合うまで、あと少し・・・。
ドクンッ
「うっ!」
再び強い頭痛が僕を襲い、僕は頭を抱えた。
「ど、どうしたの?」
ドクンッ
「ううぅ!」
脈打つように、頭痛は僕を襲う。
「ど、どうしたのよ!」
彼女の焦った声が耳に届いたけど、あまりの痛みに答えることができない。
『このまま現実の世界に戻すわけにはいかないよ』
聞き覚えのある声が頭痛と一緒に聞こえてくる。
『彼女たちには、ここから退場してもらおうか』
「うわっ」
彼女の驚いた声が聞こえ、顔を上げる。彼女は何かに引っ張られるように宙に浮き、だんだんと離れていく。
「向こうで待ってるから!」
彼女はそう叫ぶと手を伸ばしてきた。僕も精いっぱい手を伸ばす。
一瞬、彼女の指先に触れた気がした。
それと同時に、見慣れた世界がブラックアウトする。
♪
「はぁ・・・はぁ・・・」
ヒカリが目を開くと、もうあの洞窟に戻っていた。ヒカリは冷たい岩の床の上に座り、肩で息をしている。
相変わらず、ドラゴンは眠り、光を出し続けている。
「はぁ・・・はぁ・・・ひっく・・・」
ヒカリは目頭が熱くなるのを感じた。失敗だ。彼を救うことはできなかった。やっぱり無理だったんだ。
「・・・大丈夫?」
仲介者が歩み寄り、訊ねてきた。
「う、うん・・・。私は大丈夫・・・。けど、私は、彼を、ドラゴンを助けられなかった。あなたと約束したのに、私は・・・」
そこまで言うと、ヒカリの目から涙が溢れてきた。抑えることができず、ヒカリは声を出して泣き出した。
「・・・」
仲介者は何も言わず、ヒカリの肩を後ろから抱いてくれた。
「大丈夫よ。あなたはよくやってくれた。ほら、彼を見て」
「・・・?」
ヒカリは顔を上げ、ドラゴンを見た。すると彼から黄緑色の光が消え、そしてまた光りだすのを繰り返していた。
「これは・・・?」
「彼が、彼の魔法を破ろうとしている。もう彼は現実の世界に目を向けている。あとは、自身でかけた魔法に打ち勝つだけ」
「!」
そうか。私がやったことは無意味なんかじゃなかったんだ!ヒカリは涙を拭った。
「がんばれっ」
ヒカリは、ドラゴンに向かって叫ぶ。それに応えるように、眠りの魔法が発している光が弱まる。が、すぐにもとの光の強さに戻ってしまった。
「あぁっ。ほら、がんばれ、負けんな!」
ヒカリがそう叫ぶと、光はまたも弱まり、そして完全に消えた。
しばらくその状態が続いた。彼は魔法に打ち勝つことができたのだろうか?
「・・・終わったのかな?」
「わたしにはわからないわ」
光は出なくなったが、ドラゴンは一向に目を開けない。ヒカリがドラゴンに触ろうと手を伸ばしたそのとき、
「ぐるるぅうううぅうっ」
「うわぁ!」
急にドラゴンがうめき声を上げた。ヒカリは驚いて手を引っ込める。まだ終わっていなかったのだ!
「うううううううううううう!」
ドラゴンの声が一層強まり、それと同時にまたドラゴンの体が光り始めた。その光はだんだん強くなり、それは目を開けていられなくなるほどだった。
バーン!
大きな音とともに、光が弾けた。
ヒカリが恐る恐る目を開けると、ドームの中は白い靄で満たされ、すぐ隣にいたはずの仲介者さえ見ることができない。