Paff(仮)
「・・・君の気持ちなんてわかるわけない。君みたいな、少し嫌なことがあった位で現実から逃げちゃうような、弱いヤツの気持ちなんてね」
ヒカリはドラゴンについて思っていたことを、正直に言った。
「・・・なんだって?」
彼は唸るように言ったが、ヒカリは気にせず言葉を続けた。
「だってそうでしょ?生きてさえいれば、いつかまた楽しいことがあるかもしれない。それでも辛い事しかないなら、自分から楽しいことを見つけに行けばいいじゃん。だけど君は、その可能性も自分でゼロにしちゃったんだよ?やっぱり、君は間違ってるよ」
彼は何か言い返そうとしたが、すぐうつむいてしまった。ヒカリはそんな彼を見つめ、続けた。
「たとえ雨が降っている日でも、明日は必ず晴れる、きっときれいな青空が見えるって思いながらがんばるんだよ。晴れの日はたくさん笑って、雨の日は歯を食いしばって耐える。止まない雨は無いんだから」
ヒカリは自分の言葉に驚いていた。こんな言葉が、スラスラと出てくるなんて。自分が雨が降るたび、晴れるたびに感じていた事。それまでふわふわしていた思いが、言葉にするだけでガッチリと固まり、強い力をヒカリに与えてくれる。ヒカリは強く、少年を見つめた。
「・・・僕にはジャッキーしかなかったんだ」
その声にはさっきまでの勢いが無く、弱々しかった。
「ジャッキーが僕の全てだった。なのにジャッキーは遠くへ行ってしまった。僕の知らない人と一緒に。ジャッキーは、ジャッキーは僕を裏切ったんだっ!」
彼はもうヒカリにではなく、ジャッキーに向かって叫んでいるようだった。もう遠くへ行ってしまった友人に向かって。
「もう、僕には向こうの世界には何も無いんだ。ジャッキーも、他の人間も信じられない。また同じ思いをするんだったら、ずっと夢を見ているほうがいい!」
バッチーン!
つい、ヒカリは殴ってしまった。思いっきり。
「バッカじゃないの?そんなね、誰かと駆け落ちするような友達なんて、こっちから願い下げだよ!あんたも、いつまでもくよくよしてないでシャキッとしなさいっ。男でしょうがっ!」
彼は殴られた頬を押さえながら、まだくよくよしていた。
「・・・だって、もう嫌なんだよ。裏切られるのも、みんなから拒絶されるのも・・・」
そこまで言うと、リュウタロウは「うぅ」と嗚咽を漏らして泣き出した。
そんなにも現実の世界が嫌なんだろうか。どうしたら、彼を勇気づけられるんだろう?ヒカリは泣き崩れている少年を見つめながら考えた。そしてヒカリはあの時のことを思い出した。
そう、あの時。中学生だった頃のある日。ヒカリは自分を否定され、一人ぼっちだということに気付かされた。その絶望の淵からヒカリを救ってくれたのは、マヤだ。マヤがいなかったら、ヒカリもドラゴンのように世界のことが嫌いになっていたかもしれない。
(そうだ)
私が彼にとってのマヤになろう。彼に一番必要なのは、今の自分を認めてくれる誰かだ。そしてその誰かになれるのは、ヒカリしかいない。
「・・・私がいる」
「えっ?」
少年はすごくびっくりした様子でヒカリを見つめた。
「これからは、私がいる。私があなたの友達になってあげる」
「え・・・で、でも・・・」
「いつまでもグチグチ言ってるんじゃないっ。わたしに黙ってついてくればいいのよ」
「・・・・・・」
少年はうつむき、まだ決心がつかないでいるようだ。
「さあ、わたしと一緒にここから出よう。現実の世界へ」
ヒカリは自然に、右手を差し出した。彼は少し驚いたようにヒカリの右手を見つめる。そして、まっすぐとヒカリを見つめ返した。
「・・・うん」
彼も右手を伸ばす。二人の手が触れ合うまで、あと少し・・・。
ドクンッ
「うっ!」
彼は頭を押さえ、苦痛に顔を歪める。ヒカリは少年に駆け寄り、肩をつかんだ。
「ど、どうしたの?」
ドクンッ
「ううぅ!」
「ど、どうしたのよ!」
ヒカリの声は届いていないようで、彼は頭を抱え、うずくまってしまった。
『いけないっ!拒絶反応が・・・』
焦った仲介者の声が響く。
「拒絶反応って?」
『彼の魔法が、物語の変更に気づいたの。じきにあなたをこの世界から排除して、彼の記憶をリセットしてしまうわ』
「ここから排除って・・・うわっ」
急に背中を誰かに引っ張られるような感覚に襲われ、ヒカリの体が宙に浮かぶ。
ああ、もう少しだったのに。もう少しで彼を救うことができたのに。ヒカリは引っ張られる力に抗うように、少年に向かって手を伸ばした。彼も必死に手を伸ばす。
「向こうで待ってるから!」
一瞬、彼に触れた気がした。
ヒカリはどんどん少年から離されていき、頭を抱えてうずくまる少年がが、みるみる小さくなっていった。
♪
先に視線を外したのは、僕のほうだった。彼女の強い視線は揺るがず、僕が間違っているんじゃないかと思ってしまう程だった。
「・・・そ、そんな事ありえない。君は頭がおかしいんじゃないの?」
その考えを打ち消すため言った言葉は残酷で、言った僕自身が驚いてしまった。
「おかしくなんかない。全部本当だよ」
朝倉さんは悲しそうに、諭すように言った。
「じ、じゃあ、その証拠を見せてよ!僕がその話を信じられる位のをさ!」
そう、証拠だ。魔法だかドラゴンだか、それを証明できなきゃ話にならない。
「・・・」
彼女は困ったように黙った。
「ほら、そんなもの無いんだ。この世界が夢だなんて、嘘に決まってる!」
もう終わり。あとは朝倉さんを追い出し、もう朝倉さんとは接しないことにしよう。こんなイカれた冗談を言うヤツなんかと一緒にいたら、こっちまでおかしくなっちゃうよ。
しかし彼女は一度はっとした顔をすると、苦しそうに呟いた。
「・・・ジャッキー」
「っ?」
その響きには、聞き覚えがあった。
「あなたの友達の名前。覚えているはずだよ。すっごく仲が良かったんでしょう?」
「・・・ジャッキー・・・」
噛みしめるように、その名前を発音する。ひどく懐かしい感じがした。
「そう、ジャッキー。だけど、ジャッキーは恋人とどこか遠くへ行ってしまったの。あなたを置き去りにして」
「うぅっ!」
ビクン。強い頭痛と共に、ある風景がフラッシュバックする。入り江。潮の匂い。洞窟。そして、彼の悲しそうな顔。
「思い出した?あなたはそのあと村人たちに暴力を振るわれて、必死で逃げ出した。だけどどこに行ってもあなたは拒否され、追い出された」
ビクン。たくさんの村人。怖い顔。痛い。寒い。痛い。
「や、やめろぉ!」
それ以上は聞きたくない。なんだこれは。頭の奥で、記憶が解凍されていく。僕は頭を抱え、リビングの床にしゃがみ込んだ。目を閉じると、次々に記憶が蘇る。
「・・・・・・痛い・・・痛いよ・・・石を投げないで・・・ジャッキー・・・」
僕は気付かないうちに泣いていた。