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わたなべ しんご
わたなべ しんご
novelistID. 48240
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Paff(仮)

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「あっ、ぼーっとしてる場合じゃないっ」



我に帰った僕は、歯磨きもそこそこに、朝食も食べずに家を飛び出した。

 

我が家があるアパートの団地から、僕の通う高校へはゆっくり歩いて15分、走れば5分の距離だ。だけどボクの学校は8時20分から朝のホームルームが始まってしまう。着替えや歯磨きで、家を出るとき時計は8時10分を回っていた。あと10分もない。

「ギリギリ行けるか?」

 全速力で人気の無い住宅街の細い道を走る。少し危ないと思ったけど、車やバイクが来てもエンジンの音でわかるだろう。

「うわっ!」

そう思っていた矢先、すぐ前の曲がり角からセーラー服の女の子が飛び出してきた。僕は右足をつっぱってスピードを殺そうとしたけど、それでも止まれず、かえってバランスを崩してしまった。

「きゃっ」

小さく息を吸い込んだような声が聞こえた。その声がその人から発せられたと理解したのは、僕たちが衝突した後だった。



ズザァア・・・!



倒れる寸前で体をひねった僕は、どうにか顔面を地面にぶつけることは回避できた。それでもわき腹で3メートルくらい滑ったと思う。後にも先にも、僕の人生でこれ以上見事なヘッドスライディングは無いだろう。

「痛つつつつ・・・」

体を起こしながら、擦ったほうのわき腹を触る。血は出てなさそうだが、かなり擦りむいてしまったようだ。服の上からそこをおさえると、服が傷に触れて痛かった。



「ちょっと!どこ見て走ってんのよ!」



後ろから怒った声が聞こえてきた。

振り向くと、短い髪の、セーラー服を着た女の子が尻餅をついてこっちを睨んでいた。すごい形相だ。

「ご、ごめん。ケガはな・・・い・・・?」

僕は謝ろうとしたけど、そのあとの言葉は声にならなかった。



僕は気づいてしまった。彼女のスカートがめくれ上がっていることに。白と青の横縞パンツが、僕の視線を釘付けにした。輝くような空色とどこまでも澄んだ白のコントラストが、朝の日差しに光り輝いていた。



僕の視線の動きに気が付いたのか、彼女は目を下に向けた。

「!? キャアッ!」

彼女はさっきよりも遥かに大きな悲鳴を上げ、素早くスカートを戻した。みるみる顔が真っ赤に染まっていく。

「み、見たわね~・・・」

 彼女は両手でスカートのすそを引っ張るように押さえつけて立ち上がると、震える声で言った。当然だが、相当怒っているようだ。

「い、いや悪気はなかったんだよ。急いでて前を見てなくて、それで・・・いや、パンツを見る気はなかったんだよ。決してわざとではなくて・・・」

「み、見たのね!やっぱり!」

「いやだからわざとではなくて、起き上がったらそこにパンツがあったというか、ほんとに、じ、事故なんだよ!」

あせりながら必死に抗議するが、言えば言うほど言い訳っぽくなってしまう。彼女はワナワナと体を震わせ、右手を振り上げた。な、殴られる!



「この、パンツの覗き魔っ!」



しかし彼女はその手で「ビシィッ」と僕を指差すとそう言い放ち、自分のカバンを拾って走り去ってしまった。



「の、覗き魔・・・?」



ア然とする僕を置いて、彼女はみるみる小さくなっていった。

「あれ?」

 そこで僕は気づいた。彼女は僕とはちがう学校の制服を着ていた。セーラー服なんてここら辺ではまったく見かけない。なのに、彼女は僕が進もうとしていた方へ、つまり僕が通う学校へ向かう道を走って行った。うちの学校に用事でもあるのだろうか?

 そんな事を考えていたら、自分が遅刻しそうだということをすっかり忘れていた。慌てて腕時計を見る。



         現在、8時16分。



「や、やばい!」

僕は砂まみれになったカバンを拾い、彼女が走り去った方向へ全力で走り出す。







 午後になっても、天気は変わることなく快晴だった。ヒカリは窓側の一番うしろにある自分の席に座り、黒板の文字をノートに書き写している。ふと、目を窓の外に移す。ずっと黒板を見ていたからか、外の明るさに目が慣れるのに少し時間がかかった。

 まだ冷たそうな3月の青空に、白い雲が点々と浮かんでいる。そんな空を見ていると、自然と笑みがこみ上げてきた。ただ空を見ているだけなのに、なぜこんなにうれしい気分になるのだろう。自分の事なのに、ヒカリはその答えを出す事ができなかった。

 

やがて授業終了のチャイムが鳴り、教室は本を閉じる音や文具をしまう音で一杯になった。

「ヒッカリぃぃーっ!」

 そんな雄叫びを上げながら、クラスメイトの堀川マヤがドタドタとやってきた。

「なあに授業中に外見てニヤニヤしてんのよ。まさか、夢に出てきた男の子のことでも考えてたの?」

マヤは顔をニヤつかせて、ヒカリの肩を肘でつついてきた。

「ち、違うって!ただ、天気いいなって思っただけっ!」

「はぁ、眠れる王子サマ。いつか私の口づけで、その長い眠りから貴方を救い出して差し上げましょう」

ヒカリの反論を無視し、祈るように両手を組んだマヤは大袈裟にそう言う。

「うう~ホントに違うんだってばぁ」

「フフッ。ごめんごめん」

マヤはそう謝ると、今は空いているヒカリの前の席に座った。



堀川マヤ。

 ヒカリの友人で、背が高く、黒くて長い髪が良く似合うキレイな女の子だ。男子だけでなく女子からの人気も高く、たびたびファンレター、もしくはラブレターをもらうことがあるらしい。ヒカリは登校してすぐに、彼女に今朝見た夢の事を話したのだった。



「そうだマヤ、今日は一緒に帰れる?」

うーん、とマヤは少し悩んで、

「ごめん、今日もムリ。どうも予算の集計が上手く行かなくってさぁ」

と申し訳なさそうに言った。

「そっか、生徒会長も大変だねぇ」

「まあね。けどあと少しで目の上のタンコブもいなくなるから、それまでの我慢ね」

 フフッと不敵に笑う。

「先輩たちのことをそんな風に言ったらだめだよ」

一応、注意しておく。けど、これからの野望に燃えるマヤには聞こえていないようだった。



そんなおしゃべりをしていると、ヒカリたちのクラス担任がやって来た。帰りのホームルームが始まるようだ。

「ほらマヤ、先生来たよ。早く席に戻らなきゃ。山田君も困ってるよ」

マヤが座ってる席の主である山田君が、少し離れた所でウロウロしていた。不気味な笑みを浮かべるマヤは、相当近づき難かったんだろう。

「あっ、じゃあヒカリ、今日もゴメンね。一段落ついたら一緒に帰ろ!」

そう言うとマヤは、山田君を無視して自分の席に戻って行った。



ホームルームは2、3分で終わった。ヒカリは手早く帰り支度を済まし、すれ違うクラスメイトに「じゃあね」と挨拶してから教室を出た。

廊下にはまだ誰もいない。他の教室の前を通った時、その教室はまだホームルームをしていた。うちのクラスのホームルームはあんなに短くて大丈夫なのだろうか?とヒカリは思うが、早く帰れることに越したことはない。
作品名:Paff(仮) 作家名:わたなべ しんご