Paff(仮)
「パフ(仮)」
長い。
どれくらい眠り続けているのだろう。
10年?それとも100年?
もしかしたら、もっと長いかもしれない。
眠りにつく前、僕は何者だったんだろう?
思い出せない。
思い出したくない。
ただ、いつか目を覚ましたら、その世界が少しでも綺麗ならいいなと思う。
もし僕をここから連れ出してくれたら、僕は僕の全てを賭けて、その誰かを守ると誓います。
♪
夢を見た。またあの夢だ。
♪
ふと気づくと、目の前に洞窟があった。一面土のカベに囲まれた場所で、ポッカリと口を開けている。わたしはその洞窟の前で、制服姿で立っていた。目を凝らしても、その奥までは見えない。ずいぶん長く洞窟は掘られているようだった。
わたしは躊躇うことなく洞窟に足を踏み入れ、奥へと進んだ。洞窟の中は真っ暗でなにも見えず、カツン、カツンとわたしの靴音だけが響く。
すると、奥から黄緑色の光が見えてきた。歩を進めるたび、その光は強くなる。まるで黄緑色の水の中を歩いているようだ、とわたしは思った。
さらに光が強くなり、暖かな気持ちのいい光がわたしを包んだ頃、洞窟は拓けたドームのような場所に行き着いた。
ドームの中央にある石でできた台の上に、同い年くらいの男の子が眠っていた。黄緑色の光は、彼の全身から発せられている。
「やっと会えた・・・」
わたしはそう呟き、彼のすぐ横にひざまづく。台のふちに手を置き、彼の顔をのぞき込んだ。スー、スーと寝息が感じられる。
わたしは顔をゆっくり下ろし、唇を彼の口に近づけ、そして・・・。
ピピッ、ピピッ、ピピピピピピピ!
「ふわっ?」
安っぽいアラームが部屋中に鳴り響き、高良ヒカリは目を覚ました。
「うぅー。夢ぇ?」
まだ冴えてない目を薄く開いて、鳴り続く音を止めようと手をバタバタさせるが、なかなか目当てのものは見つからない。
やっとのことで目覚まし時計を探り当て、ようやくアラームのスイッチをoffにした時には、毛布はベッドの下に落ちてしまっていた。
ベッドにペタンと座り部屋の窓に目を移すと、カーテンの隙間から朝の光が漏れていた。一筋の光の中で、埃がキラキラと舞っている。それを見るだけで、今日の天気が絶好に良いことがわかった。ヒカリの顔に、自然と笑みが浮かぶ。眠気なんてどこかに吹き飛んでしまった。今日はなんだか良いコトが起こりそうな予感がする。
ヒカリはさっきまで見ていた夢のことを思い出す。あれは一体なんだったのだろう。あんな洞窟に行ったことなんて一度もないし、夢にしては映像がリアルだった気がする。それに、見知らぬ男の子にキスをしようとするなんて。思い出すだけで顔が熱くなる。
とりあえず顔を洗いに行こう。そう思うとヒカリは、部屋を出て一階にある洗面所に向かった。
洗面所でヒカリは冷たい水で顔を洗う。タオルで顔を拭く前に、ヒカリは鏡ごしの自分に笑いかけてみる。ナルシストという訳ではない。習慣みたいなものだ。自然に笑う事ができたなら、その日の体調とテンションは最高にいいのだ。
「ふむっ」
体調とテンションが最高なのを確信すると、ヒカリはリビングに向かった。
「あら、珍しいっ」
ヒカリの顔を見るなり、母さんがそう言った。
「いつもは目覚まし鳴っても三十分は起きないのに」
ヒカリはスクランブルエッグを作っている母さんの後ろを通り、冷蔵庫を開けておどけた口調で言った。
「ふふふ。たまにはこういう日もあるのだよ」
そしてコップに麦茶を入れてグビグビと飲む。
「ぷはーっ!やっぱり寝起きは麦茶に限るねぇ!」
「もうすぐ高3の女の子が、そんなオヤジくさい事言わないでよ・・・」
「まあまあ、よいではないか」
母さんの呟きもにこやかに受け流し、コップに入れた麦茶を持って食卓の椅子に座った。テレビでは天気予報が流れ、カワイイと評判の女子アナが、その詳細をやはりカワイイ笑顔を浮かべながら話していた。予報では、今日は一日中晴れるらしい。
「今日は晴れだってー」
一応、母さんにも報告しておく。
2年生最後の定期テストが終わり、ヒカリはようやくスッキリした気分なのだった。そのうえ天気も良いなんて、今日は始まりから最高である。
朝食を終えて制服に着替えが済んでも、いつも家を出るよりだいぶ早い時間だった。せっかくなので、ヒカリはもう家を出る事にした。普段ならここでワイドショーを見ながら時間を潰して、結局は遅刻ギリギリの時間になってしまうパターンだけれど、今日は違う。
玄関でヒカリは靴下のシワを伸ばし、ローファーを履いた。トントンと、つま先で床をつついて履き心地を整える。
「いってきまーす」
つい大きな声になってしまう。家の奥から母さんの「いってらっしゃーい」という声を聞いて、ヒカリはドアを開けた。
外の空気はまだ冷たいが、差し込む日差しの中に入ると暖かかった。なぜかヒカリはこんな空気が好きだった。つい、足を止めて光が差す方を見る。新鮮な太陽の光で、なにもかもが金色に輝いて見える。
「んんーっ」
ヒカリは腕を上にあげて、背伸びもしながら体を伸ばした。たぶん身長が3cmは伸びただろう。
「よし、行くか!」
ヒカリは玄関を出て右側の、塀の内側のちょっとしたスペースに向かう。そこにはヒカリの相棒であるマウンテンバイクがヒカリを待っていた。
相棒のカゴに学生鞄を入れて、ヒカリは相棒と一緒に塀を出た。門の前でヒカリはサドルにまたがり、一度自分の家を見上げる。ありきたりな、三角屋根の二階建てだ。空の青さがまぶしくて、すぐに目を下ろす。
「よっと」
ヒカリはペダルを踏む足に力をこめた。
♪
その日、僕はまぶしくて目が覚めた。昨日いいかげんに閉めたせいか、カーテンの隙間から出る朝の光が、ちょうど顔を照らしていたのだった。
「うぅ・・・」
寝返りをうってその光の塊から逃れる。ふと、さっきまで見ていた夢を考える。けれどもう何も思い出せない。いつものことだ。夢を見ていた、という感覚は確かなのだけれど、目が覚めるとすっかり忘れてしまうのだ。
横目で、壁に掛かっている時計を見た。普段、最初に目が覚めるのは7時前後。8時を過ぎて家を出ても、学校には確実に間に合うから、もう少し寝ていても大丈夫なはず。
だが、
現在8時5分
「うそ?」
ガバッと布団から出る。二度寝もしないでこんな時間まで寝ているなんて。目覚ましをかけないでも決まった時間に起きられるというのが、僕の唯一の特技だったのに。大急ぎで用意しておいた夏用の制服に着替えて部屋を出て、リビングのドアを開けた。
「なんで起こしてくれなかったんだよっ。母さん」
「あれ?」
誰もいない。いつもの朝なら、母さんがリビングにいるはずなのに。
「そういえば・・・」
思い出した。母さんは昨日から出張で九州の方へ行っているのだった。今回は長くなるらしく、3か月は帰ってこられないと母さんは言っていた。しばらく僕は一人暮らし、ということになる。
長い。
どれくらい眠り続けているのだろう。
10年?それとも100年?
もしかしたら、もっと長いかもしれない。
眠りにつく前、僕は何者だったんだろう?
思い出せない。
思い出したくない。
ただ、いつか目を覚ましたら、その世界が少しでも綺麗ならいいなと思う。
もし僕をここから連れ出してくれたら、僕は僕の全てを賭けて、その誰かを守ると誓います。
♪
夢を見た。またあの夢だ。
♪
ふと気づくと、目の前に洞窟があった。一面土のカベに囲まれた場所で、ポッカリと口を開けている。わたしはその洞窟の前で、制服姿で立っていた。目を凝らしても、その奥までは見えない。ずいぶん長く洞窟は掘られているようだった。
わたしは躊躇うことなく洞窟に足を踏み入れ、奥へと進んだ。洞窟の中は真っ暗でなにも見えず、カツン、カツンとわたしの靴音だけが響く。
すると、奥から黄緑色の光が見えてきた。歩を進めるたび、その光は強くなる。まるで黄緑色の水の中を歩いているようだ、とわたしは思った。
さらに光が強くなり、暖かな気持ちのいい光がわたしを包んだ頃、洞窟は拓けたドームのような場所に行き着いた。
ドームの中央にある石でできた台の上に、同い年くらいの男の子が眠っていた。黄緑色の光は、彼の全身から発せられている。
「やっと会えた・・・」
わたしはそう呟き、彼のすぐ横にひざまづく。台のふちに手を置き、彼の顔をのぞき込んだ。スー、スーと寝息が感じられる。
わたしは顔をゆっくり下ろし、唇を彼の口に近づけ、そして・・・。
ピピッ、ピピッ、ピピピピピピピ!
「ふわっ?」
安っぽいアラームが部屋中に鳴り響き、高良ヒカリは目を覚ました。
「うぅー。夢ぇ?」
まだ冴えてない目を薄く開いて、鳴り続く音を止めようと手をバタバタさせるが、なかなか目当てのものは見つからない。
やっとのことで目覚まし時計を探り当て、ようやくアラームのスイッチをoffにした時には、毛布はベッドの下に落ちてしまっていた。
ベッドにペタンと座り部屋の窓に目を移すと、カーテンの隙間から朝の光が漏れていた。一筋の光の中で、埃がキラキラと舞っている。それを見るだけで、今日の天気が絶好に良いことがわかった。ヒカリの顔に、自然と笑みが浮かぶ。眠気なんてどこかに吹き飛んでしまった。今日はなんだか良いコトが起こりそうな予感がする。
ヒカリはさっきまで見ていた夢のことを思い出す。あれは一体なんだったのだろう。あんな洞窟に行ったことなんて一度もないし、夢にしては映像がリアルだった気がする。それに、見知らぬ男の子にキスをしようとするなんて。思い出すだけで顔が熱くなる。
とりあえず顔を洗いに行こう。そう思うとヒカリは、部屋を出て一階にある洗面所に向かった。
洗面所でヒカリは冷たい水で顔を洗う。タオルで顔を拭く前に、ヒカリは鏡ごしの自分に笑いかけてみる。ナルシストという訳ではない。習慣みたいなものだ。自然に笑う事ができたなら、その日の体調とテンションは最高にいいのだ。
「ふむっ」
体調とテンションが最高なのを確信すると、ヒカリはリビングに向かった。
「あら、珍しいっ」
ヒカリの顔を見るなり、母さんがそう言った。
「いつもは目覚まし鳴っても三十分は起きないのに」
ヒカリはスクランブルエッグを作っている母さんの後ろを通り、冷蔵庫を開けておどけた口調で言った。
「ふふふ。たまにはこういう日もあるのだよ」
そしてコップに麦茶を入れてグビグビと飲む。
「ぷはーっ!やっぱり寝起きは麦茶に限るねぇ!」
「もうすぐ高3の女の子が、そんなオヤジくさい事言わないでよ・・・」
「まあまあ、よいではないか」
母さんの呟きもにこやかに受け流し、コップに入れた麦茶を持って食卓の椅子に座った。テレビでは天気予報が流れ、カワイイと評判の女子アナが、その詳細をやはりカワイイ笑顔を浮かべながら話していた。予報では、今日は一日中晴れるらしい。
「今日は晴れだってー」
一応、母さんにも報告しておく。
2年生最後の定期テストが終わり、ヒカリはようやくスッキリした気分なのだった。そのうえ天気も良いなんて、今日は始まりから最高である。
朝食を終えて制服に着替えが済んでも、いつも家を出るよりだいぶ早い時間だった。せっかくなので、ヒカリはもう家を出る事にした。普段ならここでワイドショーを見ながら時間を潰して、結局は遅刻ギリギリの時間になってしまうパターンだけれど、今日は違う。
玄関でヒカリは靴下のシワを伸ばし、ローファーを履いた。トントンと、つま先で床をつついて履き心地を整える。
「いってきまーす」
つい大きな声になってしまう。家の奥から母さんの「いってらっしゃーい」という声を聞いて、ヒカリはドアを開けた。
外の空気はまだ冷たいが、差し込む日差しの中に入ると暖かかった。なぜかヒカリはこんな空気が好きだった。つい、足を止めて光が差す方を見る。新鮮な太陽の光で、なにもかもが金色に輝いて見える。
「んんーっ」
ヒカリは腕を上にあげて、背伸びもしながら体を伸ばした。たぶん身長が3cmは伸びただろう。
「よし、行くか!」
ヒカリは玄関を出て右側の、塀の内側のちょっとしたスペースに向かう。そこにはヒカリの相棒であるマウンテンバイクがヒカリを待っていた。
相棒のカゴに学生鞄を入れて、ヒカリは相棒と一緒に塀を出た。門の前でヒカリはサドルにまたがり、一度自分の家を見上げる。ありきたりな、三角屋根の二階建てだ。空の青さがまぶしくて、すぐに目を下ろす。
「よっと」
ヒカリはペダルを踏む足に力をこめた。
♪
その日、僕はまぶしくて目が覚めた。昨日いいかげんに閉めたせいか、カーテンの隙間から出る朝の光が、ちょうど顔を照らしていたのだった。
「うぅ・・・」
寝返りをうってその光の塊から逃れる。ふと、さっきまで見ていた夢を考える。けれどもう何も思い出せない。いつものことだ。夢を見ていた、という感覚は確かなのだけれど、目が覚めるとすっかり忘れてしまうのだ。
横目で、壁に掛かっている時計を見た。普段、最初に目が覚めるのは7時前後。8時を過ぎて家を出ても、学校には確実に間に合うから、もう少し寝ていても大丈夫なはず。
だが、
現在8時5分
「うそ?」
ガバッと布団から出る。二度寝もしないでこんな時間まで寝ているなんて。目覚ましをかけないでも決まった時間に起きられるというのが、僕の唯一の特技だったのに。大急ぎで用意しておいた夏用の制服に着替えて部屋を出て、リビングのドアを開けた。
「なんで起こしてくれなかったんだよっ。母さん」
「あれ?」
誰もいない。いつもの朝なら、母さんがリビングにいるはずなのに。
「そういえば・・・」
思い出した。母さんは昨日から出張で九州の方へ行っているのだった。今回は長くなるらしく、3か月は帰ってこられないと母さんは言っていた。しばらく僕は一人暮らし、ということになる。