Paff(仮)
彼はひどく混乱しているようで、視線が定まっていなかった。
「ハハハ、そんなバカな。この世界が『夢』だって?そんな訳ない。この世界は現実だよ。ほら、つねったら痛いし」
「この夢は魔法が見せているの。魔法が、君に夢を現実だと錯覚させている。君は君自身にかけた魔法に束縛されているの」
「魔法?じゃあ、本当の世界の僕は魔法使いなのかい?」
少年は少々馬鹿にしたように言った。
「・・・・違うよ。本当のあなたは、ドラゴン」
彼は、ポカンと口を開けた。
「はぁ?ドラゴン?僕を馬鹿にしてるの?」
「馬鹿になんかしてないよ。最初は私も信じられなかったけど・・・・。とにかく、この世界は嘘で、あなたを目覚めさせるために私はここに来た」
ヒカリは、彼の目をまっすぐ見つめた。まずは、本当の事を彼に信じさせなくては。長い間、二人は見つめ合う。
♪
「ふぅー。ごちそうさま。どう?結構イケるでしょ?」
先に食べ終わった僕は、朝倉さんに感想を聞いてみた。自分で言うのも変だけど、そんなに悪くはないはずだ。
「・・・まあまあってところ」
だけど朝倉さんから返ってきたのは、そんな煮え切らないような言葉だった。
「あはは・・・それはどうも」
まあ、朝倉さんらしいと言えば、朝倉さんらしいか。
キッチンで食後のお茶を二人分用意してリビングに戻ると、朝倉さんの食事も終わったみたいで、小さく「ごちそうさま」と言うのが聞こえた。
「お皿片付けてくるから、朝倉さんはここでゆっくりしててよ」
テーブルの上に湯飲みを置いて、空になった二人分の食器を持ってキッチンに戻る。
「・・・・・・」
僕は笑いをこらえるので精一杯だった。あの朝倉さんが「ごちそうさま」だって?僕に聞こえないように小さくいうのが、なんとも朝倉さんらしい。まあ、バッチリ聞いちゃったけど。お皿を洗いながら、僕の顔は緩みっぱなしだった。
「うっ」
リビングから朝倉さんのうめき声が聞こえた。さっきまでの気分は一瞬で吹き飛び、僕はキッチンを飛び出した。
「だ、大丈夫?朝倉さん!」
リビングの朝倉さんはテーブルに座ったままガックリと俯き、微動だにしない。
「朝倉さん・・・?」
「・・・うぅ」
呼びかけると、朝倉さんは苦しそうに呻き、フラフラする頭を押さえた。
「だ、大丈夫?朝倉さん」
僕がもう一度声をかけると、彼女は僕を見て言った。その瞳の奥には、強い何かが感じられた。
「『朝倉』じゃない・・・」
苦し紛れに出された言葉は、意味が分からなかった。
「ど、どういうこと?」
僕が聞き返すと、彼女はさらに強い口調で言った。
「わたしは、『朝倉ユイ』じゃないっ」
「え・・・?」
急にどうしたんだ。朝倉さんは錯乱しているんだろうか。
しかし朝倉さんは気分が回復したようで強い視線で僕を見つめると、はっきりと言った。
「わたしの名前は、『高良ヒカリ』。結論から言うと、わたしはこの世界の人間じゃない」
「・・・へっ?」
朝倉さんは何を言っているんだ?
「と言うより、この世界自体が本当の世界ではないの」
「ど、どういうこと?」
「この世界は、本当の世界のあなたが見ている『夢』なの。この世界は、本当の君が作り出した、夢の世界。幻なの。わたしは、この夢の世界を終わらせるためにここへ来た。あなたを救うために」
「・・・・・・」
わ、訳が分からない。彼女は僕を騙そうとしているのか?それにしても壮大な冗談だ。
「ハハハ、そんなバカな。この世界が『夢』だって?そんな訳ない。この世界は現実だよ。ほら、つねったら痛いし」
僕は自分の頬をつねってみた。うん。問題なく痛い。今日だけで3回も叩かれてるんだ。今さら確認するまでもない。
「この夢は魔法が見せているの。魔法が、君に夢を現実だと錯覚させている。君は君自身にかけた魔法に束縛されているの」
その目は真剣に僕を見つめているけど、とうとう信用できないワードが出てきた。
「魔法?じゃあ、本当の世界の僕は魔法使いなのかい?」
僕は苛立ちを隠せず、バカにするような口調になってしまった。朝倉さんは、少し言いずらそうな顔をした。
「・・・・違うよ。本当のあなたは、ドラゴン」
「はぁ?ドラゴン?僕を馬鹿にしてるの?」
魔法の次はドラゴンか。そんなこと信じるやつがこの世界のどこにいるっていうんだ。
「馬鹿になんかしてないよ。最初はわたしも信じられなかったけど・・・・。とにかく、この世界は嘘で、あなたを目覚めさせるために私はここに来た」
彼女は、僕の目をまっすぐ見つめている。僕たちは長い間、何も言わずに見つめ合った。
♪
先に視線を外したのは、少年だった。
「・・・そ、そんな事ありえない。君は頭がおかしいんじゃないの?」
「おかしくなんかない。全部本当だよ」
「じ、じゃあ、それの証拠を見せてよ!僕がその話を信じられる位の証拠をさ!」
「・・・」
証拠?どうしよう。ヒカリは証拠になりそうなものを必死に考えるが、何も思いつかない。
「・・・ほら、そんなもの無いんだ。この世界が夢だなんて、嘘に決まってる!」
どうしよう。このままだとドラゴンを目覚めさせるどころか、この世界が夢だということすら信じさせることができない。ヒカリがぐるぐると考えを巡らせていると、仲介者の声がまた頭の中で響いた。
『落ち着いて。彼の中には、あの時の記憶が残っているはず。それを引き出せればまだチャンスはあるわ』
そうか!ヒカリは自信を取り戻し、まっすぐ彼を見つめて言った。
「ジャッキー」
「っ?」
「あなたの友達の名前。覚えているはずだよ。すっごく仲が良かったんでしょう?」
「・・・ジャッキー・・・」
少年は何かを思い出すように、その名前を呟いた。
「そう、ジャッキー。だけど、ジャッキーは恋人とどこか遠くへ行ってしまったの。あなたを置き去りにして」
「うぅっ!」
ビクン。とリュウタロウの体が跳ねて、彼は頭を押さえた。その視線は定まっていない。
「思い出した?あなたはそのあと村人たちに暴力を振るわれて、必死で逃げ出した。だけどどこに行ってもあなたは拒否され、追い出された」
「や、やめろぉ!」
叫び、彼は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「・・・・・・痛い・・・痛いよ・・・石を投げないで・・・ジャッキー・・・」
しゃがみ込んだまま、少年はすすり泣いてる。記憶が戻ったようだ。少し可哀そうだったが、ヒカリは続ける。
「そしてあなたは現実に絶望し、魔法を使って夢の世界に逃げ出した。決して傷つくことの無い世界へ。だけど、もういいんじゃない?もう充分楽しんだでしょう?」
ヒカリはここで間をおき、彼の反応を待った。
「・・・・・・お前に・・・」
少年がなにか呟いたが、声が小さくて聞き取れなかった。
「え?なに?」
「お前に何が分かるっ!お前に僕の・・・この気持ちの、何がわかるって言うんだっ!」
彼は顔を上げ、そう叫んだ。ヒカリは少しだけ、ほんの少しだけ、頭にきた。