Paff(仮)
偽ヒカリ(そう呼ぶことにした)が尻餅をついたまま言った。声までヒカリそのままだった。見事なスライディングを決めた少年が起き上がり、心配そうに偽ヒカリに言った。
「ご、ごめんっ。怪我はな・・・い・・・?」
だが少年は何かに気づいたように言葉を詰まらせ、身体を硬直させた。視線は偽ヒカリのある一点に釘付けになっている。
ヒカリは少年の後ろに回りこんで、その視線を追った。
「っ?」
ヒカリは絶句した。なんと、自分と同じ顔をしている少女が、着ているスカートの裾を大胆にもめくれ上がらせているのだった。当然、その中身は絶賛公開中である。その水色と白の縞パンツに、少年は目を奪われ言葉を失っている。偽ヒカリはまだそのことに気づいていない。
「見るなあっ!」
ヒカリは少年に跳び蹴りを放ったが、ヒカリの足は少年の体をすり抜け、その勢いのまま腰から落下してしまった。
「痛たたたた」
今度はヒカリが苦痛のうめき声を上げることになった。
『この世界のものには触れないって言ったじゃない・・・』
仲介者が呆れたように言った。
「だって・・・」
現実の世界じゃないとわかっていても、自分と同じ顔をしている女の子のパンツを男子に見られてしまうなんて・・・。
ヒカリが恥ずかしさに悶絶している間にも、物語は進行していた。
偽ヒカリのほうも動きが止まってしまった少年を不審に思ったようで、少年の視線を追う。そして次の瞬間、彼女は目を見開いた。
「っ?きゃあ!」
偽ヒカリはスカートを正常の状態に戻し、すばやく立ち上がった。みるみる顔は茹ダコみたいに真っ赤になっていく。
「み、見たわねぇ・・・」
彼女は怒りに身を震わせ、涙目で少年を睨みつける。両手はスカートの裾を引っ張って押さえている。よし!やれ!殴ってしまえ!ヒカリは心の中で叫ぶ。
「ご、ごめん。わざとじゃないんだ。けしてそんなつもりは・・・」
少年が必死に弁解しようとするが、ヒカリも偽ヒカリも聞く耳は持たなかった。
「この・・・っ!」
偽ヒカリは左手でスカートを押さえたまま、右手を頭上に振り上げた。
(よし、やれ!殺るんだわたしっ!)
ヒカリはその右手が少年の顔面へと振り下ろされるのを確信し、偽ヒカリへ心からの声援を送った。
「パンツの覗き魔っ!」
振り下ろした拳の人差し指をまっすぐに伸ばし、ビシィッ!と少年を指差して偽ヒカリは言い放った。そして間髪入れず、顔を真っ赤にしたまま振り向いて走り出した。
「・・・・・・」
予想外のセリフに、ヒカリはあんぐり大口を開けてしまう。
「・・・・・・」
少年の方もポカンとしたまま座り込んで、どんどん遠くなる偽ヒカリを見送っていた。
(うーん・・・)
この数分に起こったことを思い返し、心の中でヒカリは呟いた。
(なにこの展開?)
♪
午後の授業は、午前中よりもさらに長く感じられた。今日に限って教室移動がなく、ずっと朝倉さんと席をくっつけて、1冊の教科書を見せ合っていた。しかも昼休みに新しくできてしまった誤解によって、教室中の興味と視線が集められて、僕はもう授業どころではなかった。
今は帰りのホームルーム中。担任の先生が教壇に立っていろいろ話しているけど、今日の疲れやらなんやらで頭に入ってこない。
隣の席をちらりと見ると、朝倉さんは几帳面に先生の話す連絡事項を逐一メモに書いていた。几帳面だなぁなんて思っていると、僕の視線に気づいたのか朝倉さんが目を上げた。バッチリと視線が合う。
「・・・・・・」
何を考えているのか、朝倉さんはその大きな目でじっと覗き込むように僕を見てきた。
「は、はは」
僕は視線をそらすこともできず、苦し紛れにそんな引きつったような笑顔を見せると、
「・・・ふん」
朝倉さんはまたも不機嫌そうに、顔をそっぽに向けた。
やがて先生の話も終わり、日直の「きりーつ」という気の抜けた号令で立ち上がる。ふう、これでこの悪魔のような1日が終わる。この誤解を解くのは、明日にしよう。今日は帰って早く休もう。
「きをつけー、れい」
日直がそう言うと、みんな思い思いに挨拶をして、教室を出て行った。すぐに教室を後にするのは、みんな部活に参加している生徒たちだった。万年帰宅部の僕はさっさと帰るとしよう。
「おーいマサムネ、一緒に帰ろうぜ」
同じ万年帰宅部のマサムネに声をかけたが、教室にマサムネの姿はなかった。そういえばあの時、泣きながら教室を出た後から、マサムネは一度も教室に帰ってきていない。
仕方ないから一人で帰ろう。そう思って机の横にかけてある鞄を取ろうとした時、すれ違うクラスメイトたちに「さようなら」と言いながら、朝倉さんが教室から出ていくのが見えた。クラスメイトは驚いたように挨拶を返した後、不思議そうな顔をして僕を見てくる。うぅ。そんな顔で僕を見ないでくれ。
「おい。朝倉さんを一人にしていいのかよ」
男子の一人が、僕の肩に手を置いてそう尋ねてくる。今日1日でクラス内の僕の位置づけが大幅に変わってしまったようだ。
「いいもなにも、僕と朝倉さんは別に友達でも何でもないんだから、朝倉さんが一人で帰ろうたって朝倉さんの勝手じゃないか」
「またまたぁ。別に隠す必要なんてないんだぜ?親友っ」
親友っていうか、昨日まで少しも喋ったことないじゃいか!
「はっきり言っておくけど、みんな、勘違いし過ぎだよ。朝倉さんとは今朝会ったばっかりの初対面で、昼休みだって屋上でごはん食べてただけなんだから!」
「まあまあ。わかってる、わかってるって。安心しろ、俺たちはお前たちのこと応援するって、昼休みに決めたんだ」
「はあ?」
昼休みにそんなことになっていたのか。このクラスがこんなにもチームワークに優れていたなんて、今まで知らなかった。
「だから、お前は安心して、朝倉さんと一緒に下校してこい!」
「い、いやだから・・・」
僕はなおも反論しようと必死になったけど、その声は他のクラスメイト達の「そうだそうだ!」「早く行ってあげて!」「朝倉さんはきっと淋しがってるわ!」という声援(?)にかき消されてしまった。終いには僕の鞄を無理やり押し付け、背中を押して教室から追い出した。
「ち、ちょっと!」
「「グッドラック☆」」
クラスメイト達は親指を立ててそう言うと、勢いよく教室の扉を閉めた。
「・・・・・・」
みんなから〝送り出された〟僕は一人、廊下で途方に暮れた。どうしよう。この話がこんなに盛り上がってるなんて。明日からどういう顔をして登校すればいいんだ・・・。
とりあえず家に帰って、頭を冷やそう。朝倉さんが教室を出てからしばらく経ったから、ゆっくり歩けばもう鉢合わせることもないだろう。
ゆっくり下駄箱に向かいながら、僕は今日あったことを思い出した。
寝坊して、曲がり角で女の子とぶつかってパンツを見て、その女の子が同じクラスに転校してきて、一緒に食事した後、不可抗力だけどキ・・・キスをしてしまった。