見る夢、奇妙なり
「はい、じゃ、いきますねー」ベタな台詞を吐くローブの男に適当に返事をしながら、剣を肩に担ぎ上げた。
そして、剣を振り下ろそうとした――その時だった。
「待て! たかし!」
一人の男の声が、狭い廊下に木霊する。
王冠赤タイツだ。王冠赤タイツが、ぼくの肩を掴んで引き止めていた。めんどくさいなぁ……。
「はい? なんですか?」
肩に置かれた手を振り払い、剣を降ろして振り向く。黒ローブは攻撃してこない。王冠赤タイツは鼻息荒く拳をぐっと握り、歯も食いしばり、その結果ものすごく不細工な顔になっていた。
その不細工な顔を近づけられる。
「たかし! 叫ぶんだ!」
それにしても、この王冠赤タイツ……格好も相まって暑苦しいやつだ。それに、タイツに赤をチョイスするなんて、最悪だ……。
そんなことを考えながらも、律儀にぼくは訊いた。無視すればいいのだろうけど、夢だろうとなんだろうと、誰かを無視することなど出来ないのが僕だった。
……うん、まぁ、気が弱いだけなんですけどね。
「はぁ……何をです?」
「必殺技さ! さっ、俺の後に続けて叫べ! いくぞぉ――」王冠赤タイツは大きく息を吸い込んだ。
瞬間、ぞわりと全身の毛が逆立った。僕は思わず「おい、やめろっ!」と叫んでいたのだが、
――間に合わなかった。
「ブレイブファイアーファンタジィィィィ!!」
…………
…………えっ?
その瞬間、世界が止まったかのようだった。
王冠赤タイツは妙に恥ずかしい台詞を叫んだ後、どこか満足げに顔をくしゃっと歪ませて余韻に浸っていた。
僕は王冠赤タイツが言い放った台詞に言葉を失って、固まってしまった。ローブの男も「ふっふっふ」と笑う以外の機能は無いのか、むっつりと黙っている。
痛々しい静寂が――ぼくらを包んでいた。
王冠赤タイツは余韻に満足したのか「はっ」と我に返って言った。
「たかし! 叫ぶんだ! ブレイブファイ――」
「っ! ま、待てぇぇ! やめろぉぉ! それ以上言うなぁ! 恥ずかしいからやめてくれぇぇッッ!!」
……ああ、なんてことだ。
僕の膝は、自然と真っ二つに折れた。
身体を支えられなくなって、地面に両腕をつく。
……夢っていうのは、そいつの考えていることが少なからず影響されると聞いたことがある。普段意識していない、そう、深層心理ってやつが夢のなかで現れるそうだ。
……つまりだ。夢の存在である王冠赤タイツは、僕が生み出した存在で、やつが口にする言葉は僕自身の頭が生み出しってこと……じゃないのか……? ぼくは知らず知らずのうちに、あんな恥ずかしい台詞を考えていた、ということになるのではないだろうか!
「うわあああああッッ!」顔が焼けるように熱い。
夢の中だというに、つらい現実に悩まされるなんて、なんて皮肉なんだ。
あまりにもショックで、ガンガン、と頭を地面打ち付けていると「たかし!」王冠赤タイツがまた僕を名前を呼んだ。
王冠赤タイツは僕の心情など露知らず、握り締めた拳を振り上げて懲りずに叫ぶ。
「たかし! 叫ぶんだ! ブレイブ――」
「やめろおおぉッッ!!」悲痛なぼくの叫び声が、遺跡の廊下に木霊した。
……なんてことだ。なんてことだ! ぼくはこんな恥ずかしい台詞を考えている人間だったのか? そんな馬鹿な……さんざん恥ずかしい台詞を馬鹿にしてきたじゃないか……僕に限って……でも、夢に見ているって事は……?
「うっ、ううっ……」
いかん、涙が出てきた……。
ああもう何でもいいから、夢から覚めろぉ!
と、全てを投げ出したい気持ちになったとき、膝を屈した僕の肩に暖かい手が置かれた。
「えっ?」
ローブの男だ。男は丁寧にローブの裾を手で均しながらしゃがんでいた。フードの中は不思議と真っ暗で顔は見えないが、どことなく優しい雰囲気をかもし出していた。何かのゲームのボスキャラだったような……。
そんなことはさておき。そしてローブの男は、海のように深い、そして全てを包み込むかのような、奥行きのある声で言った。
「叫びなさい」
「えっ?」顔上げる。「何をですか?」
「彼の言うことを、叫びなさい」そう言って指差したのは、王冠赤タイツだった。
……彼が言うこと? もしかして、ブレイブ――それは絶対に嫌だ!
そう返そうとしたとき、ローブの男が優しく囁いた。
「夢から――覚めますよ」
「えっ!」
……夢から覚める? この拷問が終わるというのか?
「さぁ叫びなさい!」ローブの男は立ち上がって、赤子を天にいる神様に掲げるように両手を上げた。僕もつられて立ち上がる。
「さぁ、叫びなさい!」もう一度、ローブの男は言った。
その声に、何か暖かいものを感じ、心が満たされるようだった。こんな苦痛まみれのアホみたいな夢を見ているという現実に、心折れそうだった僕の心は再び活力が戻ってきていた。
何だか、頭がぼぉーっとする。僕は足元に落ちていた剣を見降ろした。しゃがんで、その剣の柄を、掴み直した。
……この拷問が終わるのなら……終われるのなら、ぼくは一度の大きな辱めも耐えてみせる!
僕は決心すると、一度、大きく息を吸い、吐き出した。剣を持ち上げ、振り上げる。
そして、
「ブレイブファイアーファンタジィィィィ!!」
そう叫んで、(なんとなく)思い切り剣を振り下ろした。
カコーン
剣の切っ先が、地面にぶつかった音が響く。
「さあ、どうだ! 目覚めろ、僕!」無意識に、叫んでいた。
…………
…………
…………
「……あ、れ?」
世界が止まったかのようだった。何も起こらなかったのだ。
必殺技とやらが発動するわけでもなく、目が覚めるでもなく――何も起こらなかった。
「えっ? ちょっと、ちょっと、どういうこと?」思わず呟いてしまう。
どこまでも続いていそうな、遺跡の中の廊下の奥に、その呟きは走り去っていった。
とても痛々しい静けさが――そこにはあった。
「…………」
「…………」
「…………」
とても痛々しい静けさが……そこにはあった。
「えーっと、……ど、どういうことだ! 目が覚めるんじゃなかったのか!?」
沈黙に絶えられなくなり、そう言ってぼくはローブの男に詰め寄った。
ローブの男の襟を掴もうとした、そのとき「ぷっ」と噴出したやつがいた。
笑い声がした方向に振り向く。
「ぷぷっ、ひっかかってやんの」王冠赤タイツだ。
先ほどの暑苦しい情熱に満ち満ちているような表情はどこへ行ったのやら、今は冷笑を浮かべ、顎をしゃくり上げて、僕を見下ろしていた。腕を組んで、ニヤニヤと嫌らしく笑っている。
「いや〜、ほんとに言っちゃうとは、ね。恥ずかしいやつめ!」
「うっ、こ、このやろうぉ!」
「ひひっ、恥ずかしい〜!」そう言って王冠赤タイツは腹を抱えて飛び跳ね、「ね、あんたもそう思いませんか?」、とローブの男に目を向けた。
「なっ!」ぼくはローブの男に再度視線を戻す。「も、もしかしてグルだったのか!?」
ローブの男も腕を組んで、心なしか頷いたようで、フードの口が大きく開いた。しかし、やはりフードの中は相変わらず、不思議なことに真っ暗で、顔なんてものは存在していないかのようだ。