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見る夢、奇妙なり

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 と、そのフードの暗闇を覗いていると、「ぺっ」と粘ついた水が飛んできた。
「う、うわ、わっ!」唾だった。「なっ! く、くそ! くせぇぇっ!」
「おっ、いっすねー! それ、おれもやらせてもらいます! ぺっ、ぺっ、かぁ〜っぺ」
 怯んだ僕に追い討ちをかけるかのように、王冠赤タイツまでも唾どころか痰も吐いてきた。
「く、くぅ〜っ……」
 またも膝を折った僕を、横からローブの男が小突いてきた。「お、わっ!」支えきれず、地面に倒れ付す。僕は無様にも、受身をとれずに顔から地面に着地した。「ぐふっ!」
「その姿、似合っているよ」
「ほんとっすね! 無様っすよね!」
 王冠赤タイツと黒ローブが、つるんで僕の心を畳み掛けてくる。
「はははは」二人はぼくを踏みつけて、グリグリと靴の底をこすりつけた。「ハハハハ!」
 …………
 …………なんだ、これ?
 すごく、惨めな気分だ。騙されて恥ずかしい台詞を叫ばされるや、ぼくが生みの親だといっても言いだろう、あやふやな夢の存在に唾と痰を吐きかけられ、足蹴にされている。
 夢にしても、あんまりな展開だった。
「やめろっ、やめろぉっ!」抵抗むなしく、王冠赤タイツに足先で転がされる。
「へへ、これがいいんか? これがいいんか!」
 王冠赤タイツは、今や王冠を脱ぎ捨てて、ただの赤タイツと化していた。ぴっちぴちの全身赤タイツの男が、人を足蹴にして喜んでいる。それはもうただの変態だった。変態の足先で、ぼくは弄ばれていた。そんな僕は何なんだ?
 しかし……この変態は僕の頭が生み出した存在なのだ。そして、つまり、僕の頭の中では、こんな変態極まりない世界が繰り広げられているのだ。 
 …………そう考えたとき、背中を蛇が這いずり回っているかのような悪寒が走った。
「は、早く、目覚めてくれぇ……!」力尽きたぼくは、そう祈ることしかできなかった。
 そんな情けないぼくを見下ろして、赤タイツが言う。
「だめだめ、起こさないよ? たかし、お前は一生俺の奴隷だ!」
 赤タイツはぼくを罵しり蔑み、ローブの男はめんどうくさくなったのか、壁にもたれかかって座り、タバコを噴かしていた。俺のほうが、めんどうくさいっての!っていうか……口、あるのかよ。
 あーもうめちゃくちゃだ。それにしてもだ、今日の夢は本当に、酷い。酷すぎる! 本格的に自分の頭が心配になってきた。
 ……ああ、蹴られすぎたのか、意識が朦朧としてきた……。
 立ち上がろうとしても体は言うことを聞いてくれない。赤タイツの姿が歪む。横でタバコを咥えた(?)ローブの男も黒い絵の具をぶちまけたように滲んで見える。象形画なんてパンに塗ったくったアーモンドバターのようだ。
 突然、停電したかのように、目の前が真っ暗になる。意識が途絶えようとしているのだ。もうだめだこりゃ。
 あまりにも悔しいため、僕は最後に力を振り絞って何かを叫ぼうとする。が、しかし、回らない頭では何も思いつかない。回ったら回ったで、頭の中で変態がシャッフルされる様な気がして、気持ち悪いのだけど……。
 僕は口が動くに任せて、叫んだ。
「ちっくしょーっ! 覚えてろよぉぉ……」

       ◇

 目が覚めた。
 代わり映えの無い築三十五年のアパートの一室。白い壁にポスターが所狭しと貼り付けられた壁に囲まれ、畳の上に敷かれた布団の中で僕は横たわっていた。起き上がって、最初に思ったのが「最後の最後に……なんて陳腐な台詞を……」だった。
 僕の頭は、結局ところ、その程度なのかもしれない……。 
「今見た夢は忘れよう。そうしよう……」と、そう自分自身に言い聞かせて、立ち上がった。
 枕元に置いてある時計を見ると、学校への時間が刻一刻と迫っていることに気づいた。
「やべっ! 急がなきゃ!」
 着替えるため、急いで僕は、寝間着の緑色のタイツを脱いだ。
作品名:見る夢、奇妙なり 作家名:餅月たいな