見る夢、奇妙なり
箒に跨り、僕は空を疾走していた。
僕は黒いローブを来て、先が尖った帽子を被っている。その姿は魔法使いのそれだ。地表から数百メートルもの上空を飛んでいる。
辺りに大小様々な雲が浮いている空の只中は、やはり空気があるだけで、地上から眺めたときのように青い空間が広がっているわけではなかった。それでも、地上から遥か上空のこの位置でも、さらに上を仰ぎ見れば、やはり真っ青で爽快な空間が広がっているのだった。
地面を見下ろすと、そこにはどこまでも続く草原が広がっていた。その青く瑞々しい絨毯のただ中を、三人の仲間たちが僕を追いかけて走っていた。みんな僕を見上げて、どこか不敵な笑みを向けている。そんな仲間たちに僕も笑って返した。
「遅れるなよ!」
僕はそう叫ぶと、箒の柄を強く握り締め、目の前の巻貝のような形の大きな雲に突っ込んでいった。
…………
…………
…………
……いやいや、ちょっと待てよ……なんで僕は空飛んでるんだ? 雲を突き抜けたときの爽快さに、ああ、昔こんな風に空を飛びたいと夢見ていたもんだ、と考えたところで、唐突にそのことに気づいた。
疑問はそれだけではない。地面を走っているやつら、仲間だなんて考えたが、誰一人として名前が出てこない。それに、こんなにも空高くを飛んでいるのに、地面を走る三人の姿が視認できているではないか。
僕は普段から、目が悪いから度の強い眼鏡をかけているのだが……顔に手を当てるも、それらしい物体は存在しなかった。ぷよぷよした頬が手のひらを押し返す感覚だけしかそこには存在し得なかった。もしかして、これは――
と、考えたところで、途端、箒の先端がガクンと下を向いた。
「うおっ!?」箒は勢いを失い、先端から地面に飛び込むかのように急降下しだした。
「う、うひゃぁぁぅぅぉぉぉぁぁッッ!?」
成す術もなく、僕は空中に身を投げた。箒は手から離れ、空中分解した。悲鳴は、びゅーびゅーと空を切る音でかき消され、聞こえない。
数秒間の、自然フリーフォール又はヒモなしバンジージャンプを体験して、僕は草原に墜落すした。「うぎゃおぅ……ぅ、ぅお?」しかし、地面にぶつかる衝撃はやってこなかった。漫画やB級コメディ映画のように、墜落の勢いを殺すかのように体の形に地面が凹んで、そしてゴムのように僕を跳ね飛ばした。
「ぅぅおおおッッ!?」
スーパーボールになったかのように何度か地面をポヨン、ポヨンと跳ね、「うわっ! のわっ! うひぃッ!?」顔から地面に突っ込んでやっと動きが止まった。不思議と痛みは感じない。
……ということは、だ。倒れこんだまま、先ほどの急な墜落のせいで考えそこねた、それを呟いた。
「ゆ、夢か?」
僕が見る夢は大抵、突拍子がなく落ち着かない。そして、途中で大体「これは夢だな」と気づくのだが、そこで目が覚めることはなく、何かの物語の主人公(らしい)の僕を置き去りにして夢のシナリオは勝手に進んでいく、そういった妙な展開になるのだった。
ということで、僕はまだ、いつもの通り目が覚めていないのだ。
「うぇ……キモチワルイ……」
起き上がって辺りを確認しようとしたところで、辺りの光景の変わりように、驚いたと同時に「さっそくか」と頭を抱えたくなった。
超展開。草原のただ中に墜落したはずなのに、どういうわけか、遺跡の中のような暗い廊下に、ぼくは立っていた。陽の光で満たされた空を飛んでいたというのに、ここでは本当に昼間なのかわからなくなる。……というか、夢に昼間も夜もあったものじゃないし、考える必要もないので、脇に置いておこう。
土を固めて出来ている建物の中なのか、それともここは地下に存在しているのか、赤茶色の土の壁に四方を囲まれた廊下が、ずっと奥まで続いている。壁には、古代文明人が描いたかのような象形画が、ずらっと描き並べられていた。
夢のくせにどうも懲りすぎじゃないのか、と自分が見ている夢だというのにツッコミたくもなる。
さて、この後は何がどうなるんだ、と考えたとき、「おい、たかし!」いきなり後ろから、僕の名前を怒鳴りつけられた。
「えっ、なに?」びくりと身体を震わせて、振り向くと、先ほど草原を走っていた三人の仲間たち(たぶん)が立っていた。そのうち、二人の修道士のようなカソックを着た男たちの間に挟まれて立っている、痩身の体を赤タイツに包み、頭には王冠を被った男が、ぼくに剣を差し出した。
「さぁ! お前も戦うんだ!」
「………………」
……誰だよお前は!? そんな心境だった。
目の前の痩身の男は、ぼくの頭が勝手に作り上げた存在なのだから、知るよしもない。しかし……それにしても、全身赤タイツに王冠って……ナンセンスにも程があるだろう。
奇天烈な格好に目を剥いていると、王冠赤タイツを挟んでいた、二人の修道士が突然ばったりと倒れ付した。もちろんこの二人も、まったくもって知らない人だ。なんなんだこいつら……。
倒れた二人は「やられたー」と気の抜けた台詞を吐いて、修道士のくせに、吸血鬼が太陽光でも浴びたかのように塵となって消えた。
「……はぁ」今日は一段と展開が速い。自分の見ている夢だというのに、ついていけない。
「なっ!? お、お前たち! どうしたっていうんだ!」王冠赤タイツが叫ぶ。
僕は、以前見た夢の中に似たようなのがあったなー、と思い出し、驚くことはなかったが、このあと訪れるだろう事態に溜め息をついた。
「ふっふっふ」と笑い声が廊下に木霊する。奥の暗闇から人影が現れた。
黒いローブを頭からすっぽりと被っていて、フードの中は奇妙なほど暗い。実にシンプルなデザインだった。
僕の予想だと、おそらく、こいつは敵役だ。顔が見えない、全身黒ずくめなんてやつはどの世界でも敵役として登場するものだ。それで、僕たちはこいつを倒しに来た、という設定なのだろう。
「こ、このやろうっ! よくも仲間をやってくれたなぁ!」
王冠赤タイツがローブの男に向かって叫んだ。
陳腐な台詞だなぁ、と思ったが、自分の頭が作り上げたものだと思うと……悲しくなってくる。
王冠赤タイツは数秒ローブの男を睨んだ後、くるりと僕に体を向け、再度剣を差し出してきた。
そして王冠赤タイツは言った。
「さぁ、戦うんだ!」
「いえ、遠慮します」予め用意していた台詞を言う。
しかし、
「ふざけるなッ!!」
ずいっ、と王冠赤タイツが顔を近づけてくる。
「うっ……」
「お前は、なんのために生まれてきたんだぁぁ!!」
…………。
…………これだけは言える。絶対に、こんな陳家な夢を見るためじゃない、と。
そう怒鳴り返したいところだが、止めた。不毛な戦いになりそうな予感がする。相手は自分の頭が作り出した夢の中の存在だ、勝てそうな気がしない。
めんどうくさいが、早くこんな夢を終わらせたいし、何よりも赤タイツの臭い息から離れたいのもあって、剣を受け取ってローブの男に切っ先を向けた。
「ふっふっふ、かかって来るがいい」
なんてベタな、というツッコミは入れるべきか入れないべきか。
……もうめんどくさいので無視での方向で。
僕は黒いローブを来て、先が尖った帽子を被っている。その姿は魔法使いのそれだ。地表から数百メートルもの上空を飛んでいる。
辺りに大小様々な雲が浮いている空の只中は、やはり空気があるだけで、地上から眺めたときのように青い空間が広がっているわけではなかった。それでも、地上から遥か上空のこの位置でも、さらに上を仰ぎ見れば、やはり真っ青で爽快な空間が広がっているのだった。
地面を見下ろすと、そこにはどこまでも続く草原が広がっていた。その青く瑞々しい絨毯のただ中を、三人の仲間たちが僕を追いかけて走っていた。みんな僕を見上げて、どこか不敵な笑みを向けている。そんな仲間たちに僕も笑って返した。
「遅れるなよ!」
僕はそう叫ぶと、箒の柄を強く握り締め、目の前の巻貝のような形の大きな雲に突っ込んでいった。
…………
…………
…………
……いやいや、ちょっと待てよ……なんで僕は空飛んでるんだ? 雲を突き抜けたときの爽快さに、ああ、昔こんな風に空を飛びたいと夢見ていたもんだ、と考えたところで、唐突にそのことに気づいた。
疑問はそれだけではない。地面を走っているやつら、仲間だなんて考えたが、誰一人として名前が出てこない。それに、こんなにも空高くを飛んでいるのに、地面を走る三人の姿が視認できているではないか。
僕は普段から、目が悪いから度の強い眼鏡をかけているのだが……顔に手を当てるも、それらしい物体は存在しなかった。ぷよぷよした頬が手のひらを押し返す感覚だけしかそこには存在し得なかった。もしかして、これは――
と、考えたところで、途端、箒の先端がガクンと下を向いた。
「うおっ!?」箒は勢いを失い、先端から地面に飛び込むかのように急降下しだした。
「う、うひゃぁぁぅぅぉぉぉぁぁッッ!?」
成す術もなく、僕は空中に身を投げた。箒は手から離れ、空中分解した。悲鳴は、びゅーびゅーと空を切る音でかき消され、聞こえない。
数秒間の、自然フリーフォール又はヒモなしバンジージャンプを体験して、僕は草原に墜落すした。「うぎゃおぅ……ぅ、ぅお?」しかし、地面にぶつかる衝撃はやってこなかった。漫画やB級コメディ映画のように、墜落の勢いを殺すかのように体の形に地面が凹んで、そしてゴムのように僕を跳ね飛ばした。
「ぅぅおおおッッ!?」
スーパーボールになったかのように何度か地面をポヨン、ポヨンと跳ね、「うわっ! のわっ! うひぃッ!?」顔から地面に突っ込んでやっと動きが止まった。不思議と痛みは感じない。
……ということは、だ。倒れこんだまま、先ほどの急な墜落のせいで考えそこねた、それを呟いた。
「ゆ、夢か?」
僕が見る夢は大抵、突拍子がなく落ち着かない。そして、途中で大体「これは夢だな」と気づくのだが、そこで目が覚めることはなく、何かの物語の主人公(らしい)の僕を置き去りにして夢のシナリオは勝手に進んでいく、そういった妙な展開になるのだった。
ということで、僕はまだ、いつもの通り目が覚めていないのだ。
「うぇ……キモチワルイ……」
起き上がって辺りを確認しようとしたところで、辺りの光景の変わりように、驚いたと同時に「さっそくか」と頭を抱えたくなった。
超展開。草原のただ中に墜落したはずなのに、どういうわけか、遺跡の中のような暗い廊下に、ぼくは立っていた。陽の光で満たされた空を飛んでいたというのに、ここでは本当に昼間なのかわからなくなる。……というか、夢に昼間も夜もあったものじゃないし、考える必要もないので、脇に置いておこう。
土を固めて出来ている建物の中なのか、それともここは地下に存在しているのか、赤茶色の土の壁に四方を囲まれた廊下が、ずっと奥まで続いている。壁には、古代文明人が描いたかのような象形画が、ずらっと描き並べられていた。
夢のくせにどうも懲りすぎじゃないのか、と自分が見ている夢だというのにツッコミたくもなる。
さて、この後は何がどうなるんだ、と考えたとき、「おい、たかし!」いきなり後ろから、僕の名前を怒鳴りつけられた。
「えっ、なに?」びくりと身体を震わせて、振り向くと、先ほど草原を走っていた三人の仲間たち(たぶん)が立っていた。そのうち、二人の修道士のようなカソックを着た男たちの間に挟まれて立っている、痩身の体を赤タイツに包み、頭には王冠を被った男が、ぼくに剣を差し出した。
「さぁ! お前も戦うんだ!」
「………………」
……誰だよお前は!? そんな心境だった。
目の前の痩身の男は、ぼくの頭が勝手に作り上げた存在なのだから、知るよしもない。しかし……それにしても、全身赤タイツに王冠って……ナンセンスにも程があるだろう。
奇天烈な格好に目を剥いていると、王冠赤タイツを挟んでいた、二人の修道士が突然ばったりと倒れ付した。もちろんこの二人も、まったくもって知らない人だ。なんなんだこいつら……。
倒れた二人は「やられたー」と気の抜けた台詞を吐いて、修道士のくせに、吸血鬼が太陽光でも浴びたかのように塵となって消えた。
「……はぁ」今日は一段と展開が速い。自分の見ている夢だというのに、ついていけない。
「なっ!? お、お前たち! どうしたっていうんだ!」王冠赤タイツが叫ぶ。
僕は、以前見た夢の中に似たようなのがあったなー、と思い出し、驚くことはなかったが、このあと訪れるだろう事態に溜め息をついた。
「ふっふっふ」と笑い声が廊下に木霊する。奥の暗闇から人影が現れた。
黒いローブを頭からすっぽりと被っていて、フードの中は奇妙なほど暗い。実にシンプルなデザインだった。
僕の予想だと、おそらく、こいつは敵役だ。顔が見えない、全身黒ずくめなんてやつはどの世界でも敵役として登場するものだ。それで、僕たちはこいつを倒しに来た、という設定なのだろう。
「こ、このやろうっ! よくも仲間をやってくれたなぁ!」
王冠赤タイツがローブの男に向かって叫んだ。
陳腐な台詞だなぁ、と思ったが、自分の頭が作り上げたものだと思うと……悲しくなってくる。
王冠赤タイツは数秒ローブの男を睨んだ後、くるりと僕に体を向け、再度剣を差し出してきた。
そして王冠赤タイツは言った。
「さぁ、戦うんだ!」
「いえ、遠慮します」予め用意していた台詞を言う。
しかし、
「ふざけるなッ!!」
ずいっ、と王冠赤タイツが顔を近づけてくる。
「うっ……」
「お前は、なんのために生まれてきたんだぁぁ!!」
…………。
…………これだけは言える。絶対に、こんな陳家な夢を見るためじゃない、と。
そう怒鳴り返したいところだが、止めた。不毛な戦いになりそうな予感がする。相手は自分の頭が作り出した夢の中の存在だ、勝てそうな気がしない。
めんどうくさいが、早くこんな夢を終わらせたいし、何よりも赤タイツの臭い息から離れたいのもあって、剣を受け取ってローブの男に切っ先を向けた。
「ふっふっふ、かかって来るがいい」
なんてベタな、というツッコミは入れるべきか入れないべきか。
……もうめんどくさいので無視での方向で。