煙になる
――彼は、あまり長くはなかったらしい。病魔と向き合い、やがて死んだ。それだけだった。思えば挫折に塗れた人生に見えた。小中高大、そして社会、どれ一つ取っても挫折しなかった時はないだろう。
彼は挫折に耐えられるほど強くなく、そのくせプライドだけは一人前なので人前では諦めの良い大人を演じていた。そして最後はこれだ。彼の人生は何一つの救いもなく幕を閉じた。
私は彼のアパートに上がり込んで、遺品の整理を手伝っていた。
別に彼に説教したことに悔いを感じている訳ではないが、元気そうに酒を浴びるように飲んでいた彼が、まさかこうも簡単に死んでしまうとは思えなかった。
――いや、死期を悟ったからこそ浴びるほど酒を飲んだのか。
ふと、彼のデスクに目が行く。引き出しを開けると、大量の原稿用紙がまとめられていた。
一枚一枚、丁寧に読みこんでゆく。そこには、彼の恨み辛みが物語として、物語の主人公の心を以て書き込まれていた。
絶望の淵に立ち、そして朽ちゆく主人公。それなのに主人公は――彼はこう言い残した。
『――それでも、良き人生でした』
これは彼にとっての救いだったのか、それとも世界を呪う言葉だったのか。それはきっと生涯を通しても分からないことだろう。
天井から窓、そしてその窓から空へと視線を移して行く。すると、竜のように煙が一筋、空に舞い上がっていた。