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煙になる

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煙になる


 煙草の煙が窓から空へと昇ってゆく。青空にたゆたう紫煙を見送りながら、また一服煙をくゆらす。
 暑い日だ。風がないが湿気はある。そんな最悪な一日。
 灰皿代わりの珈琲の缶に煙草を押し付けると、日焼けした畳の上に大の字となる。
「『あれから幾十年!』」
 ふと思い出すフレーズ。
「『この瑞島は荒れるにまかせ』『朽ち果てヽ』『くち果てヽいた』」
 ――『この島はもう再びよみがえることはない』。
 有名な詩だ。瑞島――軍艦島のどこかに書かれた落書きだ。
 この詩のように、打ち棄てられた廃墟のように、静かに死んでいくようだ。少しずつ身体が朽ち果てていくような気分。足先から爪切りで精神が切り刻まれていく。バラバラになった心が煙となって空に上がって行く。
 ――いや、煙に為れればどれほど気分が楽になることだろうか。私は寝転がったまま天井を見つめる。小一時間ほどソレを見つめていただろうか。もしかしたら一分ほどだったかもしれない。時間の感覚が狂う。ぐるぐると視界がぼやける。頭が痛くて、焦燥感と緊迫感が綯い交ぜになって神経をチリチリと焦がす。
 何をやっても上手くいかないのだ。やることなすこと全てが失敗に終わる。何一つ成功せずに、ただ時間だけは無為に過ぎていく。それが堪らなくなるのだ。
 天井から窓、そしてその窓から空へと視線を移して行く。すると、竜のように煙が一筋、空に舞い上がっている。
 ――何、この苦痛からも直に解放される。

作品名:煙になる 作家名:最中の中