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怠慢探偵(1/4)

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「えー、九月三一日火曜日。夏休み最後の日ですけど……夏目先輩の家の飼い猫がいなくなった。と」
まずは事件の概要だ。緊張で震える手を机の下に潜り込ませることで動揺を隠しつつ言葉をつむぐ。
「んなことわかってるっつーんだ」
たどたどしい俺の言葉に冬木先輩が噛みつく。どうやら心底俺たちを信用していないようだ。への字に曲がった口と睨みつけるような目つきが十二分にそれを伝えてくる。

「やめなよ雄一。頼んでるのは私たち……というか私なんだからさ」
狼狽える俺たち三人の助け船を出したのは相談者である夏目先輩だ。秋元先輩と春野先輩が「そーだそーだ」と続く。たしなめられた冬木先輩は苛立ちを顔に残しつつも、しぶしぶといった様子で黙り込んだ。

「それで……その日夏目さんの両親は共働きでまだ勤務中で、えー、妹さんは高校の部活動。夏目先輩は……四時からバイトに出かけて家を留守にして八時に帰宅」

メモ帳を睨みつけながら絞るように情報を口に出していく。
一旦言葉に詰まった俺を見かねたように右隣に座る氷室が同じくメモ帳を持ち前の鋭い目つきで睨みながら続きを切り出した。

「しかしまだ家族は帰宅しておらず。四時の段階でいた飼い猫のミケだけがいなくなっていたと」
「うん……そういうこと」
スマートな氷室の状況整理に夏目先輩が悲しそうにうつむきながら肯定する。夏目先輩の震える肩を春野先輩があやすように叩いている。
こればっかりは秋元先輩も冬木先輩も気の毒そうに押し黙って眺めていた。

「……飼い猫のミケはその日庭にだしていたんですよね?」
気まずい沈黙を破ったのはまたしても氷室だった。
「うん。よくそうしてたの。家の庭は四方を一メートルくらいの塀で囲んでるし、玄関口に行けないように柵はしてたし……それに」

簡単に家の構造を確認した後に恥ずかしそうに言葉を途切れさせる夏目先輩。少しだけ顔が赤くなっている。
その話の流れと表情から察した田中がいつものように気楽な様子で口を開いた。
「あー。あの猫俺によく似てデブだったもんねー。あれじゃ塀はのぼれなぶっ!」
先輩に向かってずけずけと言ってのける田中の後頭部に岡田の鋭い手刀が突き刺さる。
空気を読まない田中を思わず俺も蹴飛ばしたくなるが、まぁその考えは正しい。
先ほど夏目先輩にミケの画像を携帯で見せてもらった。種類は茶色の毛の生えた一般的な三毛猫。しかしその特徴は温室育ち感溢れるふくよかなだらしない体であり、とても塀を超えることは出来なさそうだった。
おまけに夏目先輩曰く動かざること山の如しのような性格で、ミケを飼い始めてから六年。外に出しても逃げるようなことはなかったという。

「でも……バカだった。せめて家に誰もいない日くらい……。人懐っこい子だから危ない人に捕まえでもされてたら……」
そんな猫でも家族には愛されていたらしい。飼い主である夏目先輩の目が再び潤む。
猫誘拐などそうそう無いと思われるが、流石の田中も何も言えないくらい淀んだ雰囲気の中無理やり絞り出したような声が響く。

「で、でもよ!俺たち三人はバラバラの寮に一人暮らしで、猫探す時間は結構あるだろ!家族にあれこれ言われねえし。確かにミケは凄い人懐っこかったけど誘拐なんてされてねえって!そこに探偵サークルも合わさればほら、見つかるって!な!」
「え、あ、はい」


男前秋元先輩の言葉と俺の返事に夏目先輩の瞳に少しだけ力が戻る。
どうやら夏目先輩以外は県外からの入学者らしく、それぞれ学校近くのアパートを借りて生活しているらしい。まぁどの学年、学科にも一人暮らし学生は結構いるが。
そして夏目先輩は元々大学付近に家族と住んでいたらしく、その家の近さが四人の仲良くなるきっかけでもあったというということを先程聞いた。ミケとは三人とも夏目先輩の家で触れ合ったことがあるらしく、特徴も覚えているため猫探しは四人で分担して行うつもりだったらしい。

……まぁ何はともあれ、だ
「と、とりあえず今日はこんな所でいいですかね……?」
状況を整理したということでお開きを申し出る。正直この慣れない空間はもうこりごりであった。
「おう、そうしようぜ」

俺の申し出に一番俺たちを信用していないだろう冬木先輩が同意する。
少し気には食わないが、特に他の人員からも反論はないらしく、最後に夏目先輩の連絡先と、講義の時間割の画像を送信してもらった。いつでも連絡をとれるためにだ。赤外線送信をするために携帯同士を近づけあう俺と夏目先輩を冬木先輩が腑に落ちなさそうな顔で見つめている。なんだなんだ。この二人はそういう関係なのか。

「ちょっと待って」
連絡先交換も終えて、全員が帰り支度を整える中、少し高めの声が空間をピシャリと鞭打つ。声の主はこれまでほとんど黙っていた春野先輩であった。
「な、なんですか」
元々影のある顔つきであるが、真剣な表情によりさらに暗く鋭い雰囲気が洗練され、思わずたじろぐ。一体なんだというのか。

「あなたたちはこれからどのようにしてミケを探すつもりですか?」
「え、あ、それは……」

冷ややかな問いかけにもはや俺は慌てるしかなかった。その視線は「まさか何の策もなしに探し回るとでも?」という意図を孕んでいることがありありとみてとれる。
どどどどうする俺、どうやってこの場を収める。考えろ。かんがえ

「まずはポスターを作りましょう。飼い猫探していますというありがちなポスター。それから大学で使われている学生メールアドレスを使って呼びかける。というのもありですね。ポスターは先輩方が作った方がいいかもですけど」

何も言葉の出ない俺の代わりにまたしても言ってのけたのは氷室だった。その三白眼と春野先輩の冷たい視線がぶつかり合う。
まるで俺たちの目に見えないところで謎の心理戦が行われているようだった。
三人の先輩方も一歩引いた目つきで二人のにらみ合いを傍観している。
にらみ合うこと数秒。春野先輩は「そうしましょう」と一言残すと三人を連れて教室を出て行った。
残された俺たちの間には安どの空気がふわふわと流れる。

「はー……助かったよ、氷室」
椅子にずるずると深くもたれかかる俺の謝礼に氷室は冷たい表情を隠さない。
「本当役立たずね。あなたたち」
「ぐうの音もでないな」
冷ややかな皮肉に岡田が素直に降参といった表情で同意する。今回ばかりは岡田の言葉に俺と田中も完全同意だった。氷室様万歳である。氷の女帝に感謝だ。
しかしながらこのまま氷室に全てを託すのも男として非常に情けない。ので、精いっぱいの虚勢をはってこれからすべしことを緩みきったまとめあげることにした。

「とりあえず……学生アドレスに送るメール(大学で使われる、生徒の学籍番号を用いたアドレス)の内容と、この付近の探索……?」
……見事に氷室の考えた方針の丸写ししである。自分の脳の出来の悪さをこれほど恨めしく思ったことはなかった。
冷や汗を拭いながら氷室の失笑を待つ。しかし氷室の口から発せられたのは失笑でも叱咤でもなく

「じゃぁ頑張ってね」
という簡素な一言
「ええ?氷室さんは参加しないん?マジ?」
作品名:怠慢探偵(1/4) 作家名:螺旋