最終電車
建物の中も真っ暗で、何も見えなかった。
電車はブレーキの軋む金属音と共にゆっくりと減速して行き、やがて停止した。
すると、再び車内の灯りが点いた。電車の灯りに照らし出されて、周りの景色がぼんやりと見えた。
この電車の左右にも、同じような電車が停止していた。
―― なんなんだ、ここは。電車の墓場か? 俺はこれからどうなるんだ?
俺は混乱していた。この混乱を打開するため、窓から外に出てみようかと思ったときだった。
電車の後方の車両に、人影が見えた。
俺はとっさに、シートの手すりの陰に身を隠した。見つかったら、なにかまずいことがおこるような気がした。
―― きっと、見つかったら連れていかれる・・・・
どこに連れて行かれると思ったのか、自分でも分からなかった。とにかく、見つかってはいけない、と感じたのだ。
人影はふらふらと歩きながら、こちらの車両に近づいて来る。車両と車両の間のドアがゆっくりと開く。
―― まずい、こっちの車両に入って来る!!
俺はますます体を縮め、シートの上に顔を伏せた。
何者かが、近づいて来る気配がする。俺は見つからないよう、祈るだけだった。
やがて、何者かの気配が、自分のすぐ横にやって来た。気配は自分の横でぴたりと止まる。
―― もうだめだ、見つかる!!
俺が覚悟を決めようとしたときだった。何者かが俺に向かって声を発した。
「あんた、なにやってるんですか。」
その声に、俺はシートに押し付けていた顔を上げて、声の主の何者かを見上げた。そのときの俺は、きっと『へっ??』というような表情をしていただろう。
声の主は、鉄道会社の制服を着ていた。その制服の男が再び口を開いた。
「この電車はもう営業を終えて、電車庫に入ったんですよ。どうやって乗ったんですか、だめですよ、乗っちゃ。」
制服の男の非難するような口ぶりの言葉で、俺はやっと事態を悟った。
俺が飛び乗った電車は最終電車などではなく、あの駅が終着駅でその後は回送電車になった電車だったのだ。俺が飛び乗ったのを見落とした車掌が、そのまま電車を電車庫まで走らせてしまったのだ。
作品名:最終電車 作家名:sirius2014