九尾の狐の夏花火
「孔雀は見ず知らずの男じゃねえ。さっき助けてくれた。昨日も助けてくれた。」
俯いて、途切れ途切れに呟く。
「好き…てわけじゃねえけど、嫌いじゃない。でも、信頼は出来る。」
「さんきゅ。」
「孔雀。」
「ん?」
翡翠は思った。今、ここで全てを話そうと。瑠璃のことやアル中の父親のことも。
が。
「ごめん、なんでもねえ。」
まだ、言うのは早い。むしろ、言うタイミングじゃない。
「飯、食うか。」
「…おう。」
モスバーガーで腹を満たすと、二人はアクセサリー屋さんへ向かった。
「久しぶりのモスバーガー美味かった!」
「俺も。いつもは大体マックだからたまにはモスバーガーでもいいな。」
翡翠は飲みきれなかったコーラを持ったまま歩いていた。
「あ、ここ。」
孔雀が指をさしたのは、洋服からアクセサリーから天然石まで扱っている雑貨屋だった。
「ここ、本店は町中の地下にあるんだけど、ここにも最近店出したんだよ。」
「へえ。」
コーラを飲み終えると、翡翠はごみを捨て、店内に入った。
「こんにちわ。」
「いらっしゃいませ。」
カウンターから顔を出したのは、翡翠の様に真っ黒のメイクで男装をした黒髪の店員さんが笑顔で迎えてくれた。
「今日、店長はいないんですか?」
「うん、今日は休みやで。孔雀君、来るの久しぶりやね。」
八重歯が特徴的な店員はニッと笑った。
翡翠はなんとなく嫌な気持ちになって、そっぽを向いた。
「今日はどうしたん?新しいメンバーさん?」
店員は翡翠の顔を覗き込んだ。
「可愛い子やね、ベースにはぴったりやん。」
「違いますよ、メンバーじゃないです。」
孔雀は、苦笑すると頬を掻き、
「この子に似合うネックレス買ってあげたくて。」
「「…え!?」」
翡翠と店員が同時に驚いた。特に翡翠は顔が真っ赤になり、店員は目が煌めいた。
「なんなん?孔雀くん、なんかあったん?ちなみに、女の子名前聞いてもええ?」
「…翡翠…です。」
「かわええなぁ、俺、蛟っていうんよ。あれ何?翡翠ちゃんも男装女子なん?」
「ミズチさん?あたしも男装女子やってます。」
「男装ええよなぁ!店長しか判ってくれないねん!仲良くしよな。孔雀君の彼女やったらもっと面白かったんやけどなぁ。」
その言葉で、蛟が孔雀に恋愛感情を持ってないことが判り、少しホッとした。
ホッとした自分には気づかなかったが。
「蛟さん、翡翠に合うネックレス、候補出してもらえませんか?」
「んー。」
蛟は、固く目を閉じ、腕を組むと、
「やっぱそういうのは好きな人に選んでもらった方がええと思うねん。二人で選び。俺は割引役やったるから。」
「そうですか…判りました。」
孔雀は、奥のネックレスコーナーへ翡翠と共に行った。
「いいのかよ、あたしなんかに。」
「良いの。バイト、ボーナス入ったんだから。あとさ。」
珍しく、孔雀が躊躇った。
「手、繋いでいい?」
孔雀が翡翠の手に触れた。
「やっ…!いきなり触んな!」
「ごめん。」
翡翠は、唸りながら孔雀の手を掴んだ。繋ぐ、というより掴んでいた。
「痛い痛い痛い。」
「罰だよ。」
そう言いながらも、翡翠は自然な感じで孔雀と手を繋いだ。
「…緊張してる?」
「…少しな。」
孔雀の温かい体温で眠くなる。
孔雀の手は、翡翠の手より大きくて、ドキドキしながらも安心感が生まれた。
不思議な気持ちのままでいると、孔雀は俯いてる翡翠に気づいた。
「ほら、ネックレス選びなよ。高くないやつね。」
「…絶対に高いの選んでやる。」
「あはは。」
もう翡翠の扱い方を判ってる孔雀は、翡翠の頭を撫でた。
「馬鹿。」
「はいはい。あ、これいいんじゃない?」
孔雀が選んだのは、月の形をしたシルバーのネックレスで天然石が付いてるタイプだった。
「月っていいよな、あたし、結構好き。」
「マジで?じゃ、これにする?」
「高い?」
「…まぁ、それなりに。」
「なに、金額で迷ってるん?」
カウンターからニヤニヤと蛟が見ていた。
「天然石が付くと高くなりますね。」
「そこらへんは、蛟様に任せえや、若者は買いたいもんを買えばええんよ。あ、そうそう、今日新作はいったんやけど、それも月がモチーフやで。」
「あ、見せてもらえますか?」
「おうよ。ちょっと待ちー。」
蛟は、カウンターの下からごそごそと袋を取り出した。
「三日月やけど、両方くっつけると満月の形になるねん。ペアルックで面白いやろ?」
カウンターのヴェルヴェットにネックレスを載せた蛟はドヤ顔で孔雀を見た。
「シンプルでかっこいいな…俺もこういうの欲しい。」
「そやろ!絶対そういうと思って発注かけたんじゃ!孔雀君に似合うと思ったわ。」
「あたしもこのデザイン好きだな。」
「…どうする?これにする?」
「…あたしはこれが良い。」
「よっしゃ、決まった!もちろん、付けてくやろ?孔雀君も。」
「はい。」
「え、孔雀も買うのか!?」
「当たり前じゃん、ペアルックでしょ?俺も気に入ったデザインだし。」
「時計といい、ネックレスといいなんでお揃いなんだよ!」
「え、翡翠ちゃん、孔雀君と恋仲じゃないん?だって、手繋いでるやん。」
「これは!…その場の…雰囲気で…。」
「もうええやん、付き合ったら?孔雀君悪い子じゃないし、優しいで?俺が言うのもなんやけど、似合っとるもん、二人。」
「…っ!」
一瞬、瑠璃のことが思い浮かぶ。ばれたら、嫌われるだけでは済まない。奇異の目で孔雀から見られるのだ。
大好きになってしまった、孔雀から。
翡翠は涙が出そうになり慌てて顔を隠した。
「どうした?大丈夫か?」
孔雀が繋いだ手に力を込めた。
そこで、翡翠は、決意した。
「付き合っても…いい。」
孔雀なら、きっと受け止めてくれる。瑠璃のことも大丈夫だ。
そう信頼出来るほどの手から伝わる体温と力強さが翡翠を決心させた。
「おめでとさん!なんか自分のことの様に嬉しいわあ。」
ニコニコしながら、蛟はネックレスを翡翠と孔雀に渡した。
お互い、付けてみるとなんとなく気恥ずかしい。
「綺麗やん。似合っとる。」
孔雀が会計を済ます間、翡翠は鏡で胸元のネックレスを見ていた。
どうやら、瑠璃は寝ているようだ。鏡には映らなかった。
「よっしゃ、行こうか。」
会計を済ました孔雀が翡翠と手を繋いだ。
自然に繋いでくれて、少し嬉しかった。
孔雀の手は相変わらず温かかった。
「他、見たいものある?」
「あの、さ。話したいことがある。」
「じゃ、マックでも行く?」
「いや、そこのベンチで。」
本当はマックで話したかったが、そこまで行く間に決意が揺らいでしまいそうだったから。
人が少ないベンチで並んで座ると、孔雀の手をぎゅと握り、掠れそうになる声でゆっくりしゃべった。
「孔雀は、呪いとか信じる?」
「まぁ、あるんじゃない?心霊スポット行ってからおかしくなったとか聞くし。」
「その程度じゃねえんだけど…あたし、憑かれてるんだ。女の子に。」
そこで一呼吸置く。
「もう何年も憑かれてる。」
孔雀は無言で聞いている。顔は険しい。
ああ、ダメかもしれない。また嫌われる。
嫌だ、嫌わないで。