九尾の狐の夏花火
「別にいいよ。あたしも久しぶりに見たい。今、かっけえネックレス捜してんだ。」
「じゃあ、俺が選んでやろうか?」
「なっ…!」
翡翠は顔を赤くすると孔雀の綺麗にセットされた金髪を平手で叩いた。
「っ…馬鹿、痛いだろ、殴んなよな。」
「馬鹿はそっちだ。軽々しく女にそういうことを言うんじゃねえよ。誤解するだろうが。」
「…いや、割と本気だけど?」
暫し、二人に気まずい空気が流れる。
その沈黙を破ったのは翡翠だった。
「悪かったな、殴って。」
それを聞いて孔雀が子供のような爽やかな笑顔でニヤッと笑った。
「いや、別にそれほど痛くはなかったし。気にすんな?」
「…おう。」
翡翠は、その爽やかな笑顔に見惚れそうになる自分を抑えて頷いた。
「さー、やっと着くよ。」
翡翠が顔を上げると、大型ショッピングセンターが目の前に迫っていた。
自動ドアを通ると、空調設備の整った店内は天国かと思う程、涼しかった。
「あたし、ここ、あんまり来たことねえなぁ…。」
「俺はしょっちゅう来る。バンド仲間と遊んだり、スタジオ借りたり。じゃ、時計コーナー行くか。今日、Gショック20%オフだとさ。」
「マジか!」
翡翠の目が煌めく。
「あ、でも、孔雀はなんでそのこと知ってんだ?」
「広告見たから。翡翠ちゃんは広告見ないの?」
「広告見ないなぁ…たまに洋服の安売り見る程度。広告ってそんなに大事?」
「大事だよ、たまに割引券付いてるし。まぁ、世の中の女の子の中には『女々しい』って思う子もいるけど。」
「あたしは女々しいとは思わねえよ。むしろ、好感沸く。」
「お、さんきゅ。じゃ、今日の昼飯、マックおごってあげるよ。割引券あったから。」
「…モスバーガーが良かった。」
翡翠がふざけて唇を尖らせて駄々をこねるが、孔雀は笑うばかりだった。
「あ、あった。そこに展示されてる。」
正午を過ぎた為、だいたいの人が昼食を摂りに行ったのだろう。時計コーナーは人は、まばらだった。
「今日はごついの多いな…。」
ショーケースの中を見ながら孔雀が呟いた。
「どうした?」
「いや、いつもだったら女性向けの可愛いやつとかあるのに…売切れちまったのかな。」
「…あたしに可愛い時計が似合うと思う?」
黙る孔雀。
「赤いやつが良い。出来れば、かっこいいやつ。」
「じゃ、一緒に探そうか。」
時計コーナーは割と広く、Gショックの他にも普通の時計や、壁掛け時計、今では珍しい鳩時計などもあった。
「あ、これどう?」
「ん?」
孔雀は在庫処分コーナーへ翡翠を連れてきた。
「これ、安い割にはデザインと機能良いみたいだよ。アマゾンでも評価が高いやつ。」
ショーケースを覗き込むと、赤いボディに黒の枠、ボタンはメタリックな色のGショックが売られていた。
「これ良いな!安いし!」
歓喜する翡翠の横で孔雀が特徴を読み上げていた。
「ソーラー電池、電波対応、防水機能あり…これ、良いんじゃない?むしろ、俺が欲しい。」
「やらねえよ。これ買う!孔雀、店員さん呼んできて。」
「はいはい。」
苦笑しながら、孔雀が翡翠の元を離れる。
まさか、こんなに良いものを安値で買えるとは。
嬉々として、振り向いた翡翠は固まった。
そこには時計を嵌めて自分を映してみる鏡があったのだ。
黒髪ですじ盛り、クラッシュデニム、Tシャツ姿の翡翠は居なかった。
代わりにいたのは、瑠璃だった。
「ええ男やないの。わっちも交ざろうかね…翡翠。」
瑠璃の目が狐の様にきつく吊り上る。
「自分だけ幸せになれると思わんようにな。この呪い、解けると思うな。」
身体が硬直したまま動かない。さっきまでの楽しい気分なんてない。
今あるのは、底知れぬ、恐怖だけ。
思わず、頭を抱えて崩れ落ちるように座り込んでしまった。
「翡翠ちゃん…どうした?」
恐る恐る顔を上げると店員さんを連れた孔雀が心配そうに顔を覗き込んでいた。
鏡を見ると血の気の失せた自分が映っていた。瑠璃の面影はない。
「あ、すまん、ちょっと調子悪くて…立ちくらみ、みたい。」
無理して笑っても、引き攣った笑顔にしかなってないのは孔雀の顔を見れば一目瞭然だ。
「今日は暑いですからね…少し裏で休んで行きますか?」
店員が気を利かせてくれて言ってくれた。
でも。
「大丈夫、です。歩け、ます。」
立ち上がった瞬間、目の前が真っ暗になった。
「…ん?」
額が冷たかった。軽く風も来る。
ゆっくり目を開けると、休憩室のようなところのソファに横たえられていた。
額には、冷えピタ、風は、パイプ椅子に座った心配そうな孔雀が「満員御礼!」と書かれている団扇で扇いでくれていた。
「く、じゃく。」
「あ、やっと気づいた!ホント、無理すんなよ、救急車呼ばれそうになったんだからな。」
「…悪い。」
「調子悪かったら、言うこと!無理すんな!」
笑顔でそう言われてなんとなく、心が暖かくなった。
今まで男性にこんなことは言われなかった。
孔雀は信頼できる人間だということが少し判った気がする。
そして、ほんの少し…甘えたくなった。
「喉乾いた。」
「そういうと思ったよ…ポカリ、用意してあるからな。大丈夫か?身体起こせるか?」
「うん。」
ソファから身体を軽く起こすと、先ほどと比べて辛くはなかった。
「ん。」
ポカリを開けて少しずつ飲んでいくと、身体が楽になっていくのがよく判る。
「今、何時?」
「二時半。」
「お腹空いた。」
「起きても大丈夫なのか?ゆっくり休めよ、買って来てやるから。」
「大丈夫だってば。起きれる。」
翡翠は、足を床に付けると靴を履き、ゆっくり立ち上がった。
「さ、マック奢ってくれるんだよな?」
孔雀は、ポカンとした顔をしたが、しばらくするとニヤッと笑って、
「モスバーガーにしてやるよ。」
二人は、店員さんにお礼を言うと、先ほど見たGショックを購入することにした。
「試しにつけてみれば?」
店員がショーケースから取り出すと、孔雀が言った。
「そうだな…つけてみる。」
左手首につけると、初めてつけた時計なのにしっくりと来た。
いろんな角度で見て見るが、やはり翡翠に似合っている。
「これ、良いな…。」
翡翠はそのままつけて帰ることにして、レジで代金を払う際にタグを切ってもらった。
「おー、これ良いな。」
Gショックをいろんな角度から見て翡翠はニヤニヤと笑っていた。
「翡翠ちゃん、嬉しそうだね。」
「おう、かっけえもんこれ!」
「ちなみにね…。」
孔雀が左腕を見せた。
「俺と色違い!」
「…!!!!!」
「…言った方が良かった?」
「当ったり前!見ず知らずの男とペアルックの時計持つとかあり得ねえよ!」
周りの客が振り向く程の大声で怒鳴った。
「なに、翡翠ちゃん、嫌なの?」
「恥ずかしいんだよ!」
「じゃ、返品してくる?」
「…っ!」
その言葉を言われて、言葉が詰まった。しばらく考えてから声を絞り出すようにして答えた。
「…返品しない。」
「俺とお揃いでも?」
「おう。」
「恥ずかしいんじゃないの?」
「…少し恥ずかしい。でも、」
真っ赤な顔で孔雀を見上げた。