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入道雲と白い月2

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 ざわめいている村人の中で、雛は眉をひそめて辺りをうかがう。中には数人、心当たりがあるような言葉を交わし、足を進めていく者がいる。雛は迷わず彼らの後に続いた。
 少し歩くと、ほどなく声の源が見つかった。こちらも騒ぎを聞きつけ来たらしい村人が、顔を赤くした一人の中年男を囲んで、なだめているのが見える。
「どうしたんだ、大きな声出して」
 その中で、こちらも中年ほどの男が、赤い顔の男にそう声をかけながら、腕に触れようとした。すると、赤い顔の男は、その手を振り払って叫ぶ。
「うるせえっ! どいつもこいつも酔っ払い扱いしやがって! 俺ぁ、酒は飲んだがのまれちゃいねえよっ」
「はいはい、そうだね吉田さん」
 手を払われた男はそう言い、赤い顔の吉田さんをなだめるように、もう一度手を伸ばすと、肩を叩いた。今度はその手は払われなかったが、吉田さんの表情がむっとしたものになる。
「何だよ、健坊! お前も嘘だっつーのか? 俺は確かに見たんだよ、祭りの日に、神の使いの狐をな!」
「うんうん。何度も聞いたから、覚えてるって。おっとと・・・」
 怒鳴った拍子によろめいた吉田さんを、健坊、と呼ばれた男が支える。坊、と呼ばれるからには、この人は吉田さんより年下なのだろうな、と雛は思った。
 だがそれよりも雛は、使いの狐の話が気にかかる。この人が言っているのはおそらく、神の狐さんのことだろう。詳しいことを知りたいと思い、遠巻きにしていた足を、一歩進めた。
 集まってきていた村人は、なだめが入ったと見ると、ほとんどが去っていく。中には健さんと目配せを交わす人もいて、その人たちは小走りに、屋台とは違う色のテントへと向かって行った。おそらく祭りの本部なのだろう。
 吉田さんを支えながら、健さんは言う。
「よいしょっと。・・・・・・子供の頃、赤毛の狐を見たんだろう? とてもきれいで神のようだったって、毎年話してたのを覚えてる。けど、そんな楽しい話で、なんで今日はこんなに荒れてるんだい?」
「だってよう・・・・・・信じねえんだもんよ」
「うん。でも、信じない人は毎回いるよね」
「ちげーよ、そういうんじゃなくてだなあ。さっき目の前にいたのに、目が節穴の連中は見てねーっつーんだ。それどころか、俺が酔っ払って見間違えたとぬかしやがる。俺の目はおかしくねえ。おかしいのはそっちだっつーの!」
「おや。今日も見たってのかい。やれやれ。つくづく怪異に縁のある人だ・・・・・・おっと、用意ができたみたいだ。さ、吉田さん、あっちで少し休もうか。ふらふらじゃないか」
 と、連れていこうとすると、それまでおとなしく健さんに支えられていた吉田さんが抵抗し始めた。
「だからなあ。俺は酔っ払ってねえって・・・・・・」
「狐を見た時はそうでも、どうせそのあとで飲んだだろう。さあさ、こんなところで騒いじゃ、人に迷惑だ。歩く、歩く」
「だぁら、おめーはよう・・・・・・」
 ぶつぶつと何か言いながらも、吉田さんはされるがまま、本部へ向かって歩き出す。が、ふと傍らの木立を示して、何かを言った。雛には聞き取れなかったが、健さんが「はいはい。狐はあの辺にいたんだね」というのは解った。
 雛は思わず、そちらに目を向ける。
 祭り会場は、村の開けた場所だったが、山村であるこの村では、すぐに木々や坂に行き当たる。吉田さんが示したのは、ゆるやかな坂に木々が茂った小さな林のような場所だった。
 昼間ならば、なんということもないただの大きな茂みだが、今は闇にのまれて、狐の一匹や二匹紛れこんでいてもおかしくない雰囲気を醸し出している。雛はしばらくそちらを眺めると、そっと木々の中へと足を踏み入れて行った。
「・・・・・・狐さーん?」
 ひとりごとのような声で呼びかけても、返事はない。背後の祭りの光で見えるぎりぎりの範囲まで足を進め、目を凝らしても、動物らしき姿が見えることはなかった。
(もういないのかな・・・・・・)
 会えるのならば会いたかったが、姿だけでも見たいと思う。きちんと見たことがないため、ということもあるが、祭りに来ていることが確認できるならばそれに越したことはない。祭り会場にいるのならば、より力が戻りそうな気がするし、何より左近が喜ぶような気がしたからだ。
「人になじめれば、もっと上手にやっていけそうな気がするんだよね・・・・・・」
 闇に目を凝らしながら、ぼそりと呟く。わずかに風が吹き、近くの木の葉がざわりと揺れる。
「全くですよ」
 突然、背後から声を掛けられ、雛は飛び上がらんばかりに驚いた。慌てて背後を振り返り、ぎょっと目をむく。
 そこには、着物を身につけた女性が立っていた。
浴衣ではなく袴をつけた姿で、どう見ても祭り会場にふさわしい格好ではない。だがそれ以上に、雛の目が引きつけられたのは、彼女の腰に下がった二本の刀だった。
「あ、あ・・・・・・」
 うめくように呟いて、思わず後ずさる。そうしてから、驚きすぎだよ、と心の中から冷静な声がささやいた。それにかぶさるように、女性が口を開く。
「いつも言ってるでしょう。そんなやり方では敵を増やすばかりだと」
 刀の女性は、雛など目に入っていないかのように、その頭上を通り越した背後に向かって言った。誰かいるのかとそちらに目を向けようとすると、ふいに女性は雛に向かって歩いてきた。
「!」
 よけようとしたもののまごつき、とっさに動くことができない。女性はそのまま雛に近づくと、その体を通り抜けて、背後へと出た。
(えっ?)
 ギョッと目を見開き、いましがたまで正面を向けていたはずの女性の背を見る。そして慌てて、自分の体をなでまわした。
 胸、肩、腕、頬・・・・・・と触れられる限りの場所を触り、何の変化もないことを確かめると、恐る恐る女性に目を戻した。すると、またおかしなことに気付く。
(お祭りの明かりがない・・・・・・。音もしなくなってる・・・・・・でもなんで、この人たちは見えるの?)
 たち、といったのは、女性の目の前にもう一人、人がいることに気がついたからだ。その人は男性だったが、女性よりも背が低い。雛からは女性の背に遮られて、顔の半分ほどしか見えなかった。
 そんな状態でも、男性の顔がとても整っているということは解った。しかし今、その顔はいかにも不機嫌そうに歪んでいる。男性は少し離れた雛にもはっきり聞こえるほど、大きく舌打ちをした。
「またそれか。お前、他に言うことはないのか」
「他にも言いたいことはありますよ。全部言いましょうか?」
 女性の声はおどけていて、首はかしげられている。冗談を言っているように思えるけれど、表情が見えないので、本当のところは解らない。
「・・・・・・いや、いい」
 叱られた子供のように、しぼんだ声で男性は言った。すると女性が、軽くため息を吐く。
「・・・・・・もう。わかっているんでしょう、殿? あれこれ言われたくないなら、少しは気をつけてくださいよ。・・・・・・まあ、出来る限りでいいですから」
「・・・・・・俺は間違ったことなどしていない。嫌なものは嫌、好ましいものは好ましい。それの何がいけない?」
「ですからぁ・・・・・・」
作品名:入道雲と白い月2 作家名:わさび