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お加世

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 北町奉行所の牢内に一人の若い娘がいた。歳の頃は十六程だろうか。牢内できちんと正座を崩さず座っている。
 この娘の名は「お加代」と言った。お加代は呉服屋の亀井屋が娘であったが、人殺しの嫌疑でお縄になったのである。

 事の次第は出会い茶屋での、大工の清吉殺害に端を発する。茶屋の主にも清吉とお加代が出入りするところが目撃されていたし、二人の争う声も聞かれている。もはや、お加代の清吉殺しは明白と言ってよかった。

 お加代が召し捕らえられ、奉行所で囚人衣に着替える際、無数の傷痕がその白い柔肌に確認された。同心、森田一徳はその傷についてお加代に問うたが、お加代は一切口を噤んで話さなかったという。そして無論、清吉殺しについても一切話さなかった。お加代は口が利けないのではないかと疑いたくなるほど、喋らなかったのである。

 翌朝、お加代は下役人に連れられ、別室へ引き出された。その部屋には森田一徳と同心、木村陣内が座しており、天井から吊るされた麻縄や、水を汲んだ桶が見受けられる。
 お加代がこれから拷問を受けるのは間違いなかった。

 当時、奉行所においても、小伝馬町の牢屋敷においても拷問は取り調べの一環として行われていた。それは容疑者が自白をしない場合にのみ許されることとなっており、当然ながら所定の手続きを踏まなければならない。また、拷問以前に自白を引き出せないのは同心や与力の「力量不足」とされていたのである。

 麻縄を見たお加代は一瞬、ほんの一瞬だが、唇を緩めた。それはまるで笑ったかのように見える。既に化粧も落とされたお加代であったが、薄く笑ったその唇は艶があった。いや、唇だけではない。顔の色艶も良く、見る者を魅了する程の美しさを湛えていたのである。
 森田一徳は己の邪心を払拭するが如く眉をひそめ、「始めい!」と怒鳴った。
 お加代の身体に麻縄が掛けられていく。森田一徳はジッとお加代の顔を見つめる。そして言いようのない、疑念を抱いた。
 ここで大抵の者は、これから起こることに恐れ戦き、取り乱すものである。女子であらば尚更だ。それがお加代の場合、まるで酔っているかのような顔をしているのだ。瞳は虚ろに潤み、口は半開きで今にも吐息を漏らしそうである。それはお加代の身体が吊り上げられても変わることはなかった。
作品名:お加世 作家名:栗原 峰幸