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リンドウノミチヤ
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KYRIE Ⅲ  ~儚く美しい聖なる時代~

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第3章 降臨~Sadalmelik1~




 公爵邸の事件に文字通り忙殺されていた警部は、束の間の休息を無残にも破られる事となった。

 数週間消息不明だった榛統也が駅の防犯カメラに映っていたというのだ。だがそこから先の足取りが掴めない。警部は重い体を揺すり、謎めいた雪の女王を再訪する事となった。
 しかし、公爵夫人は生憎不在だった。夫だった公爵が毎年主賓を務めていた蘭の品評会に代理として出席する為、郊外の別邸に滞在中だと言う。警部は溜息をついて再度車に乗り込んだ。
 公爵家の別邸は見晴らしの良い丘の上の住宅地にあった。19世紀初頭に建てられただろう外観からは想像がつかない程内部は機能的な造りになっている。夫人は外出する直前で、案の定警部は招かれざる客として扱われた。公爵夫人は警部を一瞥し、玄関ホールに降りるまでの時間しか取れないと言った。そして前回と同じく絶対零度の声音でもって、警察は相変わらず見当違いの人物の追跡に時間を費やしている様だと指摘した。

「夫人、貴女は我々の捜査方針に大いにご不満がある様ですね」

「あなた方は榛統也のみを容疑者と決め付けているようだけどその根拠は何かしら」

「事件当日榛統也を呼び出したのは離れにいた公爵ご自身でした。公爵と榛統也の間に何らかのトラブルがあったのかもしれない。実際、公爵があの日の朝まではめていた筈のサファイアの指輪が紛失しています」

「あの指輪は、夫が先々代から受け継いでいた物でした」

 夫人は赤毛の秘書に声をかけ、ボディーガード共々先に下で待機するよう告げた。

「随分と物騒な事ですな」

「最近企業を狙ったテロが頻発していますからね、用心のためです」

「貴女の企業も彼等のリストにあるとか」

「中東のS国と企業提携しているからでしょう。あの国はテロリストグループの拠点の一つですから」

 夫人は警部を振り向きもせず廊下を歩きながら言った。


「事件の話に戻りましょう。あの離れは夫のごく親しい者達以外、普段は使用人達も近づく事を許されていなかった。つまり、公爵が気に入った人間なら誰にも見られず自由に入り込めたという事じゃなくて?」

「まるで他に犯人を知っているような仰り方ですな」

 警部の言葉に夫人は冷たい一瞥で応えた。


「残念ですが、時間切れです」

 その時、彼等の前のエレベーターのライトが下の階で点滅した。夫人は形の良い眉をひそめた。


「夫人、どうされたのです」

「この階からの呼び出しを優先する事になっているのです。途中で止まる筈はない」

 警部が答えようとした瞬間エレベーターのドアが開いた。何本かの黒い手が伸び悲鳴をあげる間もなく夫人の身体はドアの向こう側に引きずり込まれた。警部は反射的に巨体を突進させる。側頭部に鈍い衝撃が走り視界が逆転した。床に倒れた警部が最後に見たものは夫人を乗せたエレベーターのライトが下へ下へと堕ちて行く光景だった。