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リンドウノミチヤ
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KYRIE Ⅲ  ~儚く美しい聖なる時代~

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第3章 降臨~Ingrid3~





「驚いたかい?俺もまさか雪の女王の不貞の現場に居合わす事になるとは思わなかったよ。
 あんたが公爵と結婚した時から俺はあんたが気に食わなかった。ルイの女房にしておくには、あんたは頭が切れすぎる。遠からず俺達の関係どころか密約まで嗅ぎつけるに違いないとね。そこへあの坊やだ、又しても俺にチャンスが巡って来たと思ったよ。だから俺は公爵邸の離れで彼に迫ったんだ。俺との秘密が暴露されるか、夫人、あんたを排除するかのどちらかだとね。彼はあんたを護ると言ったよ、あんたは自分の妻で親友の娘だからとね・・・。
 その時、俺は何故か突然、俺達の数十年に渡る不毛な関係を清算する事を決心したんだ。公爵は最後まで俺を信用していたな・・・あんたは信じないだろうが、全くその瞬間まで、ルイを殺すことになるなんて、俺自身にすら思いもよらなかったんだ」

 支店長は顔を上げた。蒼白だった皮膚は生気を取り戻し、椅子に座ったまま笑い始めた。

「だが、あんたはこの事を秘密にしておくしかない。もしルイを殺した犯人を公にすれば、俺の口から公爵とテロリストの関係まで明るみになるからな。夫人、あんたは黙っておくしか選択肢はないんだ」

 最早忠実な支店長の仮面をかなぐり捨て、彼は笑い続ける。そして更にこれをマスコミに公開する用意があることを告げ、自分をラーゲルレーヴの最も重要なポストに就ける事を要求した。

 夫人は自分の部下の話を黙って聞いていたが、やがてにっこりと微笑んだ。彼にはその笑みの真意が分からなかった。
 支店長は有能な男だ・・・だが、公爵夫人の、全てを得るために全てを捨てる本質を、本当の意味では理解していなかった。

「貴方のお兄様は、弟王子に拘束されました」

 支店長はぎょっとして公爵夫人を見た。

「貴方の切り札を公にして私が失うものと、貴方が失うものはどちらが大きいかしら?私が失うものは元々は私が所有していたものではないけれど、貴方は自分の自由と肉親の命を確実に失う事になる。他に選択肢がないのは貴方なのよ、サダルメリク」

 支店長は愕然として公爵夫人を見つめた。彼女に僅かな隙を見出そうとしたが無駄だった。この女は公爵とは違う、強請りや脅しの類には必ず苛烈な報復で応えるだろう。支店長の膝は震え、一時優勢を確信した顔は再び生気を失っていった。夫人は間髪入れず、支店長が以前自らの立場を利用して企業の金を横領していた事実を指摘した。これが告発されれば殺人犯として収監されなくともラーゲルレーヴでの地位は失墜する事になるだろうと告げられ、支店長は自分の敗北を悟った。
 最早完全に闘争心と自尊心を失い椅子に崩れこんだ男を眺めて公爵夫人は冷たく微笑む。

 実は、支店長が公爵を長年に渡って縛り続ける事が出来た証拠を、彼女は未だ掴んではいなかった。公爵家からこの男の一族への資金の流れを示す痕跡はない。幸いというべきか、それは迂闊ではあるが有能だった夫ルイ・セドゥの功績だ。あるとしたら公爵の軽薄な性格の片鱗のような何か・・・例えば手紙の一部などだろう。

 公爵夫人は密かに考えを巡らす。昔の自分なら、形ばかりとはいえ夫を殺した人間を見逃す様な真似はしなかっただろう。しかし、この男は長年に渡って公爵家の内情を知りすぎており、放逐するより手元で飼っておいたほうが賢明に思えた。万が一、反旗を翻そうとするそぶりを見せたなら容赦はしないが。

「二度目はありません。覚えておきなさい」