太郎!
一話。
昔かどうか、今は分からない。
場所も今となっては定かではない、とある少年がそこにいた。
村の中でも山の方、小屋に半ば世捨て人となっていた夫婦の子供だったと言われている。
名前を、太郎。
姓は無い、朝廷に仕えるもおこがましい貧民に姓はないはずだった。
しかしこの村はとある姓を綿々と引き継いでいた。
朱添、せきぞえという。
いつの時代からかも分からない姓だが取り敢えずこの若者を朱添太郎と呼ぶことにしよう。
今太郎はリスのように丸まって冬眠中、季節はどちらかと言えば夏だが。
「太郎、いつまで寝てるんだよ!起きろ!それと酒臭いっ!」
ずかずか太郎の家に入ってきたのは男勝りな口調ではあるが太郎の幼なじみで静香と呼ばれる女の子だった。
念のために述べておくが太郎も静香も今で言う未成年、十六歳である。
それでも太郎は酒が好きだった、皆さんは決して真似をしてはいけないが一気飲みを繰り返すことなど毎晩のような事だった。
そのせいか朝は頭が痛いと布団に潜り込んでいるので静香がいつも起こしに来るのが日常だった。
「あ、あと五分…今日の頭痛はかつてない痛みを伴って…斧でかち割られた位の痛みなんだって静香…」
「…てことは小刀で刺すくらいは大丈夫か。俺は今小刀差してるんだけど、そしてもう既に抜き身なんだけど。」
体が刺身定食になる危険を感じた太郎は五秒で飛び起きて服の乱れを整えた。
実際、静香は小刀を腰に差してはいても抜いてはいなかったのだが。
「はい、おはよう太郎。」
「そのしてやったりの笑顔が憎いよ、毎朝のことだけど。」
頭を振りながら横の川に顔を洗いに行く太郎を勝者の笑みをもって見送る静香、この光景を誤解されて二人は許嫁の関係であると噂を流されていたりするのだが、本人達は気がついていない。
「お前が呑気に寝てる間大変だったんだぞ、町の連中がやれ立ち退けだ、やれ引っ込めだ、危うく本音と体をバラすところだった。」
「本音もまずいが二番目は特にまずい気がするのだが。」
「簡単三分漁師飯。」
「単なる刺身になってる、それは人間とは言えない末路だからやめてあげろよ。」
やれやれと肩をすくめる太郎に顔を逸らす静香。
「ともかく、すぐ来い、村長が呼んでる。」
「え?こんな昼から会議か?」
「こんな昼まで一人起きない怠け者がいたもんだからな。次は捌くぞ、三枚に。」
「だから止めようよその刺身みたいな表現。」
言葉の節々から危険な発言を繰り返す静香に苦笑いして太郎は腰を上げた。
◇◇太郎!◆◆