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溶けるまでが氷

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駐車場で車を下りて、広場の方へと歩いた。
海から熱風が押し寄せ、唇が乾く。唇の皮が、パリパリと突っ張るように感じた。
「きれい」
手を繋ぐ彼女が言った。俺は、足を止めることなく、彼女にキスをした。
俺の頬に絡み付いてきた髪から、太陽の匂いがした。
「唇、乾燥しちゃったから 潤いちょうだいね」
「潤った? もっとする?」
見下ろす海岸には、彩りの水着やビーチパラソルが砂浜に花を咲かせていた。
俺と彼女は、何度もキスをした。
ふと見つめ合って。風が吹いて。手を繋いで。肩に凭れて。胸に抱いて。……。
温かいふっくらした唇が触れるだけで 何だか良かった。

「ねえ、本当は、わたしといてもつまらないでしょ…戸惑っているみたい…」

「大丈夫よ。抱いてなんて言い出さないから」

結局、彼女とは、何も起こらなかった。俺も 起こせなかった。

クリスタルのように純に透明な氷も 不純物の混じった白濁色の氷も 溶けてしまえば水となり 何処かへ流れ見失って消えていく。
彼女の中に感じた魅力は、何だったのかわからなかったけれど、彼女と言う形を保っていたときが、好きで美しく感じられたのかもしれない。
もし、彼女が俺の言うままに 抱かれ付き合ったとしたら、ほかの彼女たちに紛れ、記憶から消えていくのだろう。

か?

店で見かけることは、ほとんどない。擦れ違いで見かけた彼女は微笑んでいた。
マスターが教えてくれた。
「彼女、最近はカルーア・ベリーに変えたよ」
あの日、二人で見た夕陽のような色のカシスオレンジから 彼女らしい色合いに変わったようだ。


     ― 了 ―
作品名:溶けるまでが氷 作家名:甜茶