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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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切り戻し

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「おふくろ今度の土曜日真理の授業参観日なんだ、仕事休めないから頼むよ」
純一は君江にそう言った。
「何とか休めないのかい。真理が可哀そうだろう」
「新車の展示会なんだ」
「娘と仕事どっちが大切なんだい」
「仕方ないよ。休めないんだから」
君江はそのことを夫に伝えた。
純吾はただ黙っていた。しばらくして
「俺がもう一度言うよ」
と言った。
純吾は真理の元気のないのが心配であった。それに、ママに捨てられ、パパにも相手にされなかったら、真理の気持ちはどうなってしまうだろう。
純吾は自分の倅とはいえ、純一が腹立たしくさえ思えた。
 今回の離婚は有香の浮気から始まった。純一が有香の携帯を観てそのことを知ってしまった。むろん携帯を見たから・・別れようとしていたのにと有香は言い逃れをした。
 純吾は自分にもそんな苦い経験があった。プラスチックの成形を始めて、仕事をとるための接待で、馴染みになったママとの関係であった。
 君江は女の感でそれを気付いていたが、純吾を責めるどころか、今まで以上に尽くし始めたのである。純吾が接待でいくら遅くなっても待つようになった。純吾は後ろめたさを感じ
「遅くなるし飯は済ませるから休んでくれ」
と度々電話をしたが、君江は待っていて
「お風呂にしますかお茶ですか」
等と言うのであった。
それは純吾の後ろめたい気持ちにぐさりと刺さる言葉であった。すでに風呂に入っていることを君江は知っているからである。君江とスナックのママを秤にかければ失いたくないのは君江である。
 純吾は手切れ金をママに渡し別れた。それ以来女性とそんな関係にはならなかった。今思えば、あの時に君江が事を荒立てていれば、離婚沙汰にまでなる様に思えた。
 純一に子を想う気持ちがあるのなら、離婚の前に何とかならなかったのかと思うが、男のメンツの方が優先してしまったのかもしれない。
 純吾が純一に授業参観に行くように諭したが、販売課長である自分は休めないと言った。純後も仕事一筋できたが、子供たちには君江がいた。
 真理の授業参観は君江が行った。
「真理ちゃん1度も手を上げなかった」
君江はがっかりしたように純一に報告した。
 純一の帰りは遅く真理は夕食を済ませて自分の部屋に入っている時間である。真理と純一が会話する時間もほんのわずかであった。
 君江も純吾も真理と純一の二人の親子の距離が離れて行くように感じ始めた。

作品名:切り戻し 作家名:吉葉ひろし