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未花月はるかぜ
未花月はるかぜ
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そらのわすれもの3

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3-1


夕日が差し込む職員室は、琴恵の歌声のみが響いていた。

鼻唄に近い、線の細い声。
それは本来の曲よりもゆったりめなリズムだった。
『ホームシック』と言うタイトルの曲であったが、その曲は洋楽な上に、マイナー過ぎて、誰も彼女が何を口づさんでいるのか知らない。それを知っていて、琴恵は敢えてそれを口づさんでいる。

隠すことだけが彼女に出来る唯一の抵抗手段であり、
誰とも感情の共有をしない事が唯一のプライドだった。

それでいて、すれすれのラインで訴えかける。
それだけが、彼女にできる仕返しに違いなかった。

対象は、彼女自身に対してか、周りに対してかは、酷く曖昧。
とにかく、この歪んだ行為をすることが彼女の習慣になっている。

オレンジに染まった職員室は、人気が少なく、静かで寂しい。
琴恵は、この時間が酷く苦手で、それでいて、酷く好きだった。

「あっ、琴、まだいたんだ?」
ガラガラと音を立て、竜也は琴恵だけになっている職員室に入った。
竜也はバタバタと自分の机に向かう。

一気に空気が騒がしいものになる。
琴恵は、呆れた顔で竜也を眺めたが、構わずに歌い続けた。
彼に振り回される事だけは嫌だった。
そんな彼女の心境などお構いなしに、竜也は、その歌声を懐かしそうに聞いている。

教室には二人だけしかいなかった。
竜也は鞄にものを詰めると琴恵に向かって話しかけた。

「琴、申し訳ないんだが、術札が欲しい。」
「え…なんで?」
琴恵は、再び歌うのを遮られ、不快そうに、竜也の方を向く。
竜也の顔は険しかった。それに琴恵は妙な違和感を覚えた。

術札とは、魔術を効率よく使える魔力の込められた紙である。
残念なことに、力のない竜也は、何かの媒体が無いと魔術を使うことが出来ない。
その為、たまに自ら魔力を持っている琴恵にそれを作らせる事が度々あった。

琴恵は、少しの間だけ竜也から理由を聞こうとしたが、何も返ってこないので、諦めた。

どうせ、大した事に使わないのだろう…。
どうせ、大した事に使えないのだから…。

彼女はそう見切った。
せいぜい、明日の天気でも変える程度のものなのだろうと。
竜也の能力的にそれ以上は無理だ。
琴恵にとって、どんなに憎んでいようが、竜也は幼馴染みで大切な存在には変わらない。
だから、出来る限り竜也の頼みは聞く。そう決めていた。

引き出しの中にある小さなコピー用紙の切れ端。それを眺めると琴恵は目を細める。
「入れるのは空の魔力でいいんだよね?」
「風じゃ使えない。俺は、空の術者なのだから。」
「そりゃ、そうかも知れないけど…。」
琴恵は大きく溜め息を吐いた。どうも今日の竜也は、つっけんどんだ。何となく、気が引ける。
「だったら、知秋ちゃんに直接サポートしてもらえば?私は、風の術者よ?」
「知秋が俺の言うこと聞くわけないじゃないか。俺は、旧式だから、単体だと何も出来ないんだよ。」
竜也は、そう言うと窓際の琴恵の机に向かった。
琴恵は嫌な顔をする。
「でも、それが本来のやり方よ。空の旧式術者さん。風の魔力をあなたが使える空に変換するのにロスが生じる話はしているよね?」
「誰のせいで、こんな不便な事になっているんだと思っているんだ。」
「何よ!それ!」
それ以上は話を聞きたくないと琴恵は思い、引き出しに再び目線を移した。