宇宙を救え!高校生!!
「あったぞ! これじゃこれ!」
暫く待たされた後に、ハイテンションの画家の老人が戻ってくると、右手には小さなキャンバスが握られていた。
「これじゃよ。これがお前さんの家じゃ!」
縁側の縁に立つと、腕を伸ばして僕にキャンバスを差し出す。
「これ・・・・・・ですか?」
僕は、縁側に近づくと、恐る恐るそれを受け取った。
とても美しい絵だった。
これを、このぼけ爺さんが描いたとは、とても思えなかった。
描かれているのは春先の庭だろうか。
可憐に咲き誇る花々と色を競うのは、力強い芝の緑のグラデーション。
空は大気までも感じさせるニアンスを含んだブルーで、花達と緑を柔らかに包み込む。
柔らかく優しい、それでいて力強い絵だった。
そして、この絵を強烈に印象付けているのは、中心に描かれている一本の桜の木であった。
満開の桜が、ひらひらと花びらを風に舞わせて静かに、だが、確かな存在感でそこに佇んでいるのであった。
「どーじゃ、綺麗じゃろ。それがお前さんちの庭じゃよ」
強烈な絵の魅力の前に、身動きできないでいる僕に画家の老人が言った。
「これが僕の家の庭・・・・・・・とても綺麗な絵ですね!」
「そーじゃろ。まあ、残念ながらお前さんの両親の絵は無いが、良かったら持って行くがいい」
「えっ! いいんですか!」
「あー、気にする事ぁない。絵なら売るほど有るんじゃ。何しろわしは画家じゃからのー」
そう言うと、老人は豪快に、嬉しそうに笑った。
画家の老人の元を去って、家に帰って来たのは既に夜中だった。
結局、自分が生まれた時に両親と住んでいた家も、鍵のことも何も分からず、両親の顔も思い出すことは出来なかったが、両親と親しかった人達と接して、話を聞いている内に、ほんの少しだが両親の事が理解できた気がしていた。
ダイモスをいつもの場所に停めてから、画家に貰った絵を持ち、重い足を引き摺るように、玄関へ向かって歩く。
今日は色んなことがあって疲れ果てていたのだ。
今夜は、いつもより風が強めで、夜空には白銀色でまん丸の月が昇っていた。
その時。ブワッ! と突然強い風が吹いたので、僕は風で飛ばされないように両手で絵をしっかり抱えて肩をすぼめた。
すると、風にのって飛んできた何かが、僕の唇に貼り付いた。
吹き止まない風に背を向けて、口についたその何かを指で取ってみると、それは薄ピンク色の小さな花びらだった。
(花壇の花が風に飛ばされたのかな?)
そう思って、花壇を振り返った僕の目に映ったのは、風に枝を揺らしながら、可憐な花を咲かせたばかりの一本の桜の木だった。
暖かかった今日の気温で開花したのだろうか。
生まれたばかりの桜の花は、時折強く吹く風に飛ばされないように、懸命に耐えているように見えた。
「この木は、桜の木だったんだ・・・・・・」
あれ? この景色、どこかで見たような気がする。
慌てて、手に持っていた絵に目を落とす。
昼と夜の違い、木の大きさなど、多少の違いはあったが、枝ぶりや背景に見える花壇など、絵と寸分たがわぬ風景が目の前にあったのだ。
ピキッ! 頭の奥で何かが割れるような音が響いた。
「痛っ・・・・・・・・」
それは本当の痛みだったのか、そう思えただけなのか、今となっては分からないが、確かに痛みを感じたのだ。
そして、七色のネオンサインを点けたメリーゴーランドが、僕の頭の中で徐々にスピードを上げて、やがて超高速で回転を始めると、次の瞬間、総てを思い出していた。
僕は走りだした。
ドアを開けて急いで玄関に入ると、真っ直ぐに家の一番奥にある倉庫に向かっていた。
引っ越してから、まだ一度も開けたことのない倉庫だった。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・」
倉庫に鍵は掛けていない。
僕が前に立つと自動ドアが開いた。
暗い倉庫の中の一番奥に山積みにされている家具や、収納箱などを力任せにどけると、こっそり隠れていたかのようにそれはあった。
『海賊の宝箱』
子供の頃に僕の宝物をしまえるようにと、父がアンティークショップで購入してくれたものだった。
中央にある繊細な装飾の付いた鍵穴に、首から下げていた鍵を差し込むと、カシャッという金属がこすれる音とともに、鍵はスーッと奥深くへ吸い込まれていった。
そのままゆっくり、落ち着いて鍵を回す。
すると。ガチャ! とシリンダーの外れる重い音と共に鍵が開いたのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕はゴクリと息を飲むと、重い宝箱の蓋をそーっと開いた。
宝箱の中に入っていたのは、僕が子供の頃に遊んでいたおもちやヌイグルミ、絵本、ゲームなどであった。
「・・・・うわー・・・懐かしいな・・・こんなのあったよなー・・・・」
ひとつひとつ手に取って見ると、子供の頃の思い出が鮮明に蘇ってきた。
「あっ!」
沢山の思い出の品々に囲まれるように、父と母がそこにいた。
それは、小さな画用紙にクレヨンで描かれた両親の絵だった。
僕が四歳の時に描いた絵で、線も色使いも目茶目茶で、お世辞にも上手いとは言えない。
そっと手に取り、顔に近づけると、柔らかで甘いクレヨンの匂いがした。
両親は、満開の桜の木の下に立って、画面の外の僕に向かって優しい笑顔で、にっこりと微笑みかけていた。
涙がひとしずく、僕の頬を伝って流れ落ちる。
「ただいま・・・・お父さん、お母さん・・・・」
するととめどなく涙が溢れて床にこぼれ落ちたが、僕は拭うことも忘れていた。
やっと帰って来ることができたのだ。
自分の家に。
やっと会うことができたのだ。
父と母に。
そして、僕は、ようやく気付く事ができた。
両親を失った今も、二人の暖かな愛に包まれているのだという事を。
作品名:宇宙を救え!高校生!! 作家名:葦藻浮