宇宙を救え!高校生!!
第10話 老画家と桜
オペラ歌手の女性に教えてもらった住所は、3つ隣の24番コロニー内にあった。
24番コロニーは山岳コロニーで、人工的に作られた山々の稜線や、麓に広がる樹海の緑がとても美しく印象的だった。
僕が目的の住所に着いたのはすでに夕刻で、山並みがほんのりと、きれいな茜色に染まり始めていた。
「えーっと・・・たしかこの辺だよな・・・」
メモに書かれた住所の辺りは、里山に作られた居住区で、およそ17軒ほどの家が、ゆったりとした区画内に整然と建てられていた。
「あっ! ここだ!」
メモとナビを手がかりに探し当てた家は、庭に竹やぶが鬱蒼と茂る、日本家屋風の大きな家だった。
「こんばんは!」
インターホンらしき物は無かったので、引き戸の玄関の前で、大きな声で呼んでみた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(あれ? 留守かな?)
もう一度呼びかけようとしたその時。
「客人かのー? 裏庭に回ってくれんかのー」
家の裏の方から、そう答える声が聞こえてきた。
声がした方向をよく見ると、竹やぶの中を縫うようして細い道が見える。
僕は、まるで獣道のような細いその道を、時折覆いかぶさるように進路を塞ぐ竹の葉をかい潜りながら、裏庭へと進んだ。
竹やぶの中の小径を抜けると突然辺りが開けて、瓢箪型の池のある、家の裏庭へと抜けた。
裏庭には、池に面した長く立派な縁側があって、その縁側の上にイーゼルを立て、背中を丸めて絵を描いている白髪で白髭の、小さな老人の姿が見えた。
そう、老人は風景画家だったのだ。
「おおー。こっちじゃ」
老人は、絵筆を持ったままの右手で手招きをする。
僕は池をぐるっと迂回すると、老人の手招きする縁側の下へとたどり着いた。
「今晩は、僕、飛鳥大和という者です」
老人は、挨拶をする僕の顔を、筆を置いた手で髭を撫でながら、目を細めてじっと観察している。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そのまま暫く考え込んでいたが、やがて。
「わからんのー。はて、誰じゃったかの?」
首をかしげると、ぶっきら棒にそう言った。
「初めまして。オペラ歌手の女性にこちらを紹介されて来ました。父の名前は、飛鳥真之助、母は愛花と言いますが・・・・・ご存知じゃ有りませんか?」
「愛花ちゃん! よーく知っとるぞ! 懐かしいのー! フォッ、フォッ、フォッ!」
小さな目を、めいっぱい大きく見開くと画家の老人は、パン! と大きく手を打って、まるで太陽が昇ったかのような力強い笑顔で笑った。
「は、はい。愛花は母です」
老人の元気過ぎるテンションに、気圧されてしまった。
「愛花ちゃんと・・・・そうそう、真之助じゃったのー。二人共元気にしとるかの?」
「あっ!・・・・ご存知じゃないんですね・・・・。父と母は今から十二年前に事故で他界しました・・・・・・」
「なんと! そうじゃったか・・・。それは残念な事じゃ・・・・」
老人はがくっと腰を落とし、縁側に座り込んで項垂れると、小さくため息をついた。
「二人は、わしが教えていた絵画教室の生徒じゃった。二人共とても才能の有る生徒じゃったが、特に愛花ちゃんの描く絵が素晴らしくて、わしは何度も絵の道に進むことを薦めたんじゃが、いつの間にか真之助と結婚して、やつの助手みたいになってしまったんじゃ・・・」
老人はそこまで喋ると、パチン! と悔しそうに膝を打った。
「えぃ! 忌々しい真之助のやつめ、愛花ちゃんが絵の道に進んでいれば、こんな事にはならなかったじゃろうに・・・・」
そう言うと、さらにパチン! と膝を打つ。
「あのー・・・今日伺ったのは、ちょっとお願いと言うか、見ていただきたいものが有ってきたんですか・・・いいですか?」
勝手に怒っている老人の様子を伺いながら、僕は要件を切りだした。
「おー、これはすまんのー。昔のことを思い出したら、無性に腹が立ってきてしまってのー。それで・・・・要件はなんじゃったかの?」
「はい、実はこの鍵の事なんですが・・・」
自分には両親の記憶が無いこと、両親との記憶を開くかも知れないこの鍵が、一体何の鍵なのかを知っている人物を探していること等を、かい摘んで老人に話をした。
老人は、僕の話を静かに、時々うんうん、と相槌を入れながら聞いていた。
僕の話が総て終わるのを待ってから、老人は。
「わしゃ知らん」
と、腕組みをしながら苦い顔でそう言い放った。
「えーっ! 知らないんですか? おじいちゃん!」
「おじいちゃんとは何じゃ、馴々しいのー。知らんもんは知らん!」
「ひよっとして、ボケて忘れてるんじゃ有りませんか? 頑張って思い出してくださいよー」
「わしゃボケてなどおらん! 真之助に似て失礼なやつじゃのー!」
僕は、最後の希望が、あまりにもあっけなく否定されてしまい、気持ちが動転してついつい友達口調になってしまっていた。
「わしゃ、確かにお前さんの両親のこともよーく知っとるし、お前さんが生まれた家にも行った事がある。じゃが、往復の移動には送り迎えをしてもらったし、車の中で、わしゃ行きも帰りも眠っておったからの。じゃから分からんのじゃ。その鍵も見たことが無いわ!」
そう言って、画家のおじいちゃんは胸を張った。
「ほんとに、何にも、ですか?」
「ほんとに、何にもじゃ!」
(がーん・・・・・・・・・・・・・)
大ショックだった。
両親が一番懇意にしていた知り合いと聞いて、内心かなり期待していたのだ。正直、落胆の色は隠せなかった。
その僕の姿があまりにも惨めそうで、可哀想に思ってくれたのか。
「まあ、そんなにがっかりするな。ちょっと待っとれ」
そう言い残すと、画家は、縁側から家の奥へと消えていった。
作品名:宇宙を救え!高校生!! 作家名:葦藻浮